2008年09月23日

真夏の昼餐(『エリタージュ』編)

“昼餐”の記事もこれで漸く最後となる。
何だかんだと言いながら書くのを先送りし、手を付けてはみたものの書きあぐねては幾度も消した記事・・・・・・。
私の拙い言葉では、到底思うことを書き尽くせぬと悟った。
故に、諦めて今の言葉で素直に語ろう。
今は無き『エリタージュ』へのオマージュである。

今夏の帰国は、稀に見る長期のものであった。その為、此度ばかりは普段出来ないことも予定に入れようと決めていた。
いつもならば出来ぬこと、そして一度は体験したいと思ったもの・・・・・・それが“『エリタージュ』での食事”であった。

尤も、以前にただ一度だけ『エリタージュ』で食事をしたことがある。何時ぞやに記事にした「チーズ講座&ランチ」の折である。
が、あのときは「チーズ」というテーマを決め、それを味わい尽くすということに重きを置いた食事であった。それ故に、『エリタージュ』が得意とするであろう料理とは又違ったものではなかったか。そう思うが故に、また、商売柄一度位は最高峰の一つであろう食事をしてみたいと思ったが為に、再び『エリタージュ』へと足を踏み入れたものであった。

今の私は、午前中は思うように動くことが出来ぬ。
その為、始めは早い時間に入れていた予約を遅い時間に変更しようと思い、帰国の少し前・・・・・・半月ほど前であったか・・・・・・に『エリタージュ』に連絡を入れた。
このとき、言葉を濁すスタッフに奇妙な違和感を覚えた。
次に紡ぎだされた言葉は、思いがけぬシェフの退職を詫びる言葉であった。
驚きはしたものの、私は、シェフには拘らぬと伝え、その日を楽しみにしていると言って電話を切った。
突然の流れに取り残されたスタッフへの思いを込めて。

当日は、宿泊先の常宿に車が来た。
少々早い時間にロビーに下りていたので、設置されていた大型テレビで甲子園の中継を見て時間を潰していた。
車が来たと伝えられ、パレスの参道側の入口へ行った。車に乗り込むときには、踏み台が用意されて恐縮したものであった。
車は、『迎賓館』の入口に到着した。
ロビーの席に通されたそのときから、私は、夢の住人となった。

アミューズロビーのソファーに通され、先ずアペリティフとアミューズが供された。アペリティフはグラスのシャンパン、アミューズは画像でご覧の蛸を焼酎で柔らかく煮たものと大根である。
一見濃厚そうに見えたが、口に入れると味付けは旨味を引き出す最小限に留められ、柔らかい蛸の食感とサクッとした大根の食感が好対照を成し、口に広がる蛸の旨味と大根の爽やかな味わいが何とも言えぬハーモニーを奏でていた。舌の上に残る余韻がまた素晴しく、辛口のシャンパンで舌を清めてしまうのが何とも惜しい気がしたものである。
また、サーベル・・・・・・と言うよりはバスタードソード(両手持ちの剣)を模したかと思われるピンが面白く、これにはしばし見入ってしまったものである。無論彼の如くピンなどしげしげと眺める輩はそうそう居らぬであろう故、背後に控えるギャルソン氏もさぞかし面食らったことであろう。

シャンパンを飲み干すと、頃合いを見計らって『エリタージュ』内に通された。此度の部屋は、彼の「チーズ講座&ランチ」で使ったのとは反対側の小部屋である。このとき、同じ時刻に食事をしていた方は居られず、私一人での食事となった。

前菜前菜は「近海産シビマグロのマリネ カレー風味のサラダ仕立て」である。
シビマグロは、ホンマグロ(クロマグロ)の別称である。現在流通しているものはインド洋などの外洋に多く、日本近海で獲れるホンマグロは希少価値が高い。良質のものなどは浜値でキロ¥10,000(まんしゅう、と呼ぶらしいが)を超えることも多いそうな。
此度のこの料理も、実感したのは鮪の美味さの実力であった。色鮮やかな鮪を軽く炙ってマリネ液に漬け込み、和食のたたき風に仕立ててある。鮪は香り高く、味は濃く、口の中でとろけながら広がる旨味には脱帽するほど。やや濃厚に過ぎるきらいがあるのが鮪の難点ではあるが、これは、ほんのりスパイシーな風味を利かせたカレーソースと、サラダ仕立ての新鮮な野菜の爽やかさが補って純粋に旨味だけを味わえる程になっていた。
これをフレンチで味わえるとは正に驚嘆すべきことである。大抵のフレンチは塩が強く、ソースが濃く、時に素材の味など全く感じられぬことがあるものが得てして多いような気がする。少し前に大流行したヌーベル・キュイジーヌと言われる料理すら、素材の味とソースの味が同居して新しい味わいを作り上げているというものが多いように思う。それに比べ、こちらの料理は素材そのものを味わい味付けは素材を引き立てるものとする日本料理(お惣菜では無く、会席・懐石料理)に通じるものがある、フレンチには稀な“日本(Japonais)”を前面に押し出した料理であるのだな、と思った。

スープスープは「赤座海老と平戸産椎茸のロワイヤル セルフィーユの香り “カプチーノ”」である。
スープの表面に泡を立て、所謂“カプチーノ仕立て”にするのは『アラン・シャペル』のスペシャリテなのだそうである。それはさておいても、彼の如く泡立てて軽い風味で食せるスープは真夏の暑い盛りには嬉しい。
軽いスープの下には、海老と椎茸を隠したロワイヤル(フランス料理風の卵豆腐と言うべきもの)がある。海老のプリプリとした食感と旨味を伴った甘み、肉厚の椎茸の歯応えと噛むごとに染み出てくる旨味も存分に味わった。が、何よりも特筆すべきはロワイヤルに使われているブイヨンの優しい美味さである。ロワイヤルを舌で潰すと、卵の甘みと共に出てくる柔らかな旨味。決して自身は主役として主張はせぬが、他の食材の美味さを引き立ててなお余りある美味さと余韻。じんわりと体中に染み、荒れて昂る神経をゆったりと落ち着かせてくれるような穏やかさ。

メインメインは「オーストラリア産仔羊背ロース肉のロティ オリーブ風味のソース 愛野産ポテトのピューレとラタトゥイユ添え」である。
画像には写しては居らぬが、料理の脇にはさり気無くフィンガーボウルがセットされた。もしかしたら、骨付きの肉である故にフィンガーボウルが必要になる場面があったのやも知れぬ。仔羊肉はナイフが手応えもほとんど感じぬままにスッと入る位に軟らかいものであったので私には必要では無かったが、こういった細やかな気遣いが嬉しい。
このメイン料理は、今迄の料理とは一変してフレンチの食べ応えを感じさせてくれるものであった。焼けた香ばしさと肉そのものの香りとを同時に感じさせてくれる火の通し具合といい、肉汁そのものにオリーブをほんのりと利かせてくどくなく濃厚さを味わわせてくれるソースといい、正に絶品のひと言である。これこそが、肉を肉として味わえる料理の醍醐味であろう。添えられた、バターが利いたポテトのピューレはソースに絡めて食すと更に美味さが倍増し、ラタトゥイユは舌休めに最適な野菜とトマトの味が絶妙に絡みあった逸品であった。

食事をしながら、給仕をしてくれたギャルソンのN氏・ソムリエのY氏と少々話をした。主に味を聞かれ、それに美味いのこの味が好きだのという感想めいた話であったが、
「これ、ホントにお腹一杯になりますよね。昼からこんなに食べていいのかな?って思うくらいに・・・・・・」
「そうですね。ランチですが内容はディナーでも遜色ない程のものではないかと思っております」
「それは私も思います。この内容でしたら倍以上のお値段でディナーに出せますよね、都内ですと」
「ですから、ランチで召し上がるのが一番お得なのではないか、と」
「成る程ね」
この話は、一々頷きながらしていたものであった。

デザートデザートは「パイナップルの軽いクリーム 季節のフルーツのゼリー寄せ フランボワーズのソルベ添え」である。同時に「かわいい小菓子」と「コーヒー」も供されたが、流石に満腹であったので「小菓子」は箱に詰めて貰った。余談ではあるが、この「小菓子」はその晩『ジャックポット』へ行った折り、Haちゃんに『ダロワイヨ』のマカロンを渡すときに隣に居たI君に進呈したのであるが・・・・・・それはともかく。
私は甘いモノが苦手である。それは、コースの締めで出されるデザートであっても同じこと。嘗ての「チーズ講座&ランチ」では、それと知っていた同席のMaさんがそれと申し出てくれて私のデザートのみ小さめのポーションで供されるよう取り計らって貰った。
此度のデザートも、もしかしたらそれを踏まえたものになっていたのやも知れぬ。満腹であった甘いモノ嫌いの私にも丁度食すことが出来る量になっていた。「クリーム」は、パイナップルの味と香りが殊の外利いており、クリーム特有の重さを感じなかった。コーヒーの助けはあったものの、全てを残さずに食していた。フルーツそのものの「ゼリー寄せ」や「フランボワーズ(キイチゴ)のソルベ」は、フルーツは食せる(但し大量に出てくると話は別である)私である故、喜んで食した。つるりとした食感で爽やかさが滑り込んでくる「ゼリー寄せ」も、程良い酸味が利いたフルーツそのものの味を食すような「ソルベ」も美味く、食事の終わりを優雅に締め括ってくれたものであった。

夢の終わりは、総出での見送りと車での送迎であった。
車が常宿に着き、地に下り立ったとき、そのときの“夢”は幕を閉じた。
それ程時間が経っていないような気がしたにも拘らず、部屋に戻って時計を見ると2時間以上もの時間が経過している。商売柄早食いが身に付いている私にしては驚異的な時間の経過である。それも、料理の出るタイミングも待たされた感じすらなかったというのに。

今、ハウステンボスのHPからは『エリタージュ』の頁は削除されている。恐らく、首脳陣の構想には『エリタージュ』の入る術は無いのであろう。
それ故に、“夢”は永遠に“夢”のままになった。
消し去った方にも、守りを放棄した方にも言いたいことは山程あるが、最早これ以上はくだくだと述べることはすまい。
posted by daydreamer at 12:45| Comment(0) | TrackBack(0) | Huis Ten Bosch:FOODS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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