2008年11月16日

兵士の手紙ときよしこの夜(其の壱)

此度の鹿児島旅行では、訪れたい場所があった。
知覧である。

昨今、大河ドラマ「篤姫」ブームで知覧武家屋敷群を訪れる観光客も多いそうな。そして、庭園をのみ拝見する形式に驚き、そそくさと後にする方も多かったようである(但し、私の見るところでは、と言う範囲である)。
しかし、私が行きたいと思ったのは其処では無い。
昨今ガイドブックにも掲載が見送られているようなきらいがある『知覧特攻平和会館』が、私の目的地であった。

私が、知覧の地が特攻隊所縁の地と知ったのは「銀翼(つばさ)」という漫画が元であった。
書店で偶々(本当に、偶々・・・・・・)手に取り、何の気なしにレジに運んで精算を済ませた漫画であった。真逆にこれが基でその後其の地を訪れるということなど思いもしなかった。
が、読み進むにつれ、目が離せなくなった。頁を捲る手も止まるところを知らず、何時の間にやら読破していた。それからも幾度も繰り返し読み、今では漫画の場面のそこかしこが思い出せるようになった程である。

次なる切っ掛けはさだまさし氏のアルバムである。
「さよならにっぽん」というアルバムがある。
この中で、「兵士の手紙ときよしこの夜」というタイトルの「頁」がある。戦後50年という節目の年でもあり、さだ氏が提唱して今はNPO法人となった「PIACE SPHERE 貝の火運動」を開始したばかりの年でもあった故に収録されたものであろうか?
これは、歌ではない。さだ氏も歌いはせず、その代わり旧陸軍特攻隊員の遺書を3通朗読している。無論のこと、遺族の許可は取り付けてのこと。其の何れもが万感胸に迫る思いがしたものであるが、最後の18歳で出撃戦死した少尉の遺書は涙無くしては聞くことが出来ぬものであった。幾度、この朗読を聞いて涙したことであろう。

今回の訪ないで彼らをこの目で確かめることは適わぬやも知れぬ。が、せめて彼らの近くで“特攻”を確かめてきたい。
その思いの故に、『ミディ・ソレイユ』のディナーを堪能した翌日、知覧へ向かうバスに乗った。話の種になるやも知れぬと「知覧武家屋敷群」の庭園を見学し、いよいよ目的の“特攻”所縁の地へと足を踏み出した。
折から、外は雨。
posted by daydreamer at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 鹿児島散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。