2007年08月28日

だし巻きの原点

・・・・・・すっかり書くのを忘れていた。
食い道楽にあるまじき失態である。

今回、久し振りに記事をチェックしていた。
すると、あろうことか“食”に関する記事を書き忘れていたのを見つけた。
京都の『志る幸』と長崎の『史跡料亭 花月』の記事である。
双方共写真まで撮って備えていたというのに・・・・・・。
遅ればせながら、記事をアップしてみたいと思う。
先ずは、京都の『志る幸』からご覧頂きたい。

『志る幸』の暖簾これが『志る幸』である。
ここは、以前お話をしたかと思うが木屋町通の高瀬川沿いを歩き、行き止まりにも見える場所の路地を入ってすぐのところにある。ここへ行く途中、「高瀬川」の表示を見て何故かハウステンボスを思い出すのであるが、何となくご想像がつく方もお有りではないかと思う。
私は、京都に来るとここ『志る幸』での酒食を欠かさぬ。慣れ親しんだ、誠に落ち着くことが出来る良い店である。

突出(あん肝と菜花の三杯酢)と熱燗先ず、料理の前に一献・・・・・・と、熱燗を頼む。私の好みを心得た女将が熱々の熱燗を運んでくる。半分くらい飲み干すと、突き出しがそっと運ばれてきた。
この日の突き出しは「あん肝と菜花」であった。あっさりとした三杯酢が食欲を増し、この日の寒さに冷え切った体に暑い酒がゆっくりと染みてくる。
突き出しを半分ほど食したところで熱燗が無くなった。代わりと料理を頼み、トロリとしたあん肝の食感を楽しむ。

だし巻き卵(半分食してしまっているが)代わりの熱燗を猪口に2杯ほど飲んだところで、先ず頼んだ「だし巻き卵」が来る。
私は、ここでだし巻き卵の美味さを知った。そもそも、これを頼んだのはいつぞやに「若鶏の塩焼き」を頼んだ際、時間が掛かるのでつなぎに・・・・・・と勧められてのことであった。その折、私にだし巻き卵を勧めてくれた仲居はとうに引退したとのこと。時の移ろいを感じたひとときであった。
肝心の「だし巻き卵」は、何時に変わらぬ美味さであった。ほのかな塩気と濃厚なだしの味、それを追いかけて舌に広がる卵のほのかな甘みが調和する。
お蔭でカメラを取り出すのを忘れ、美味い美味いと食し、気が付いたら半分が既に無くなっていたものであった。

精進焚き次は、「精進焚き」を頼んだ。これは、京野菜とこんにゃくなどの煮物である。
肉も魚も一切使わぬが、野菜の旨味と甘みが大変に美味く、これもまた、良い。特に京人参の甘さとポクポク感が好きである。これは、最早ここ数年の定番の注文となったものである。

たい水菜「だし巻き卵」「精進焚き」と共に定番である「たい水菜」である。鯛の薄切りと水菜をたっぷりのだしで煮たものであるが、軟らかさが残る程度に煮てある鯛とシャキシャキの水菜が良いものである。
これは、具もさることながら、だしが、また、良い。鯛と水菜のエキスを含んで、最初のだし以上の旨味が染みている。これだけを口にしても、酒が進むものである。

くじら酢味噌和えかぶら蒸しこのときは、季節の料理も注文をした。それが、こちらの「くじら酢味噌和え」と「かぶら蒸し」である。
「くじら酢味噌和え」は、酢味噌の加減が殊に良いものであった。ピリッとした酢味噌と和えたもっちりしたくじらが舌の上で踊るかの如くであった。
「かぶら蒸し」は、摩り下ろした甘い蕪が、中に入った百合根と白身の魚(これも恐らく鯛であろう)をさっぱりと食べさせてくれた。ほっくりした魚とホクホクの百合根が甘くサッパリとした蕪に絡み、熱々の状態で舌に美味さを残す。それを、熱燗で清め、また魚と百合根と蕪と・・・・・・堪えられぬ至福のときである。

かやくごはん&白味噌椀(おとしいも)&おしんこ最後に、食事として「かやくごはん」「おとし芋の白味噌椀」「お新香盛り合わせ」を貰う。これもまた、私の“留めの定番”(但し汁は様々であるが)である。
「かやくごはん」は、関東のそれとは違い、薄味で炊き込んである。それだけに、具の野菜の味がひとつひとつ感じられるのが誠に良い。
「おとし芋の白味噌椀」は、摩り下ろした大和芋を白味噌椀に落とし、刻んだ白胡麻をあしらっている。トロンとした芋と甘めの白味噌が調和してなんとも言えぬ味わいを醸し出す。酔っていてもするすると腹中に納まってしまう。
「お新香盛り合わせ」には、時期であることとて酸茎に千枚漬、それと柴漬である。酸茎は好物だが、そればかりでは飽きてしまうので、このような盛り合わせは誠に良いものである。

私は、これを食して“記憶を失くした”のであるが・・・・・・。
よくよく画像を見ていて気が付いたことがある。

料理を、必ず熱燗と共に頼むのは、私のここでの注文の常である。
が、見てみると、食事の折の画像にも熱燗の徳利が写っている。

・・・・・・ということは・・・・・・

私がこのときに飲んだ熱燗は、7本ということになる。
徳利1本には、当然の如く1合の酒が入っている。
つまり、この日、私は7合の酒を飲んでいた、ということになる。1升が10合ということを考えると・・・・・・成る程、記憶を失くして(女将曰く「ふらふらだった」状態で)潰れるのも道理であろう。
それでよくぞホテルに戻ることが出来たものよ、と、我ながら呆れるものである。
posted by daydreamer at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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