2008年05月26日

更けゆく晩春の宵に(其の拾)

「じゃ、Tさん、後はお願いします」
と言って、I君は向こうに行ってしまった。
未だ、注文の品をあと一品残している。
その分の支払いは既に済ませている。
故に、未だこの場所にいても問題はあるまい。
そう思うのであるが、照明が落ちた店内に“独りきりの客”というシチュエーションはどうも落ち着かぬ。
そわそわしだした私に、Tさんも流石に気が付いたようである。
「どうしたんですか?」
「いやね、“開店当初に独りだけ”ってのは慣れてるんだけどね」
「ああ、“こんなもんだ”って」
「そうそう。それに“わーい、貸切だ!”って楽しんでたりもするんだけどさ」
「はい」
「こういう“閉店間際に独りだけ”ってのはどうも慣れなくってね・・・・・」
「大丈夫ですよ。私達、未だ居ますし」
それが残業を強いている状況であるので落ち着かぬのだとは終ぞ口に出せなかった。

「ま、ね。此処に来るときはいつも現実じゃない気分だしな」
「何ですか?それ」
「いやね、私なんかにとっては此処での時間は“夢の中”みたいなモンなんだワ。“現実”から一寸離れた・・・・・・って感じでさ」
「じゃ、私は“妖精”ですか?」
嬉しそうな顔で言うTさん。私も其処までは言っては居らぬが・・・・・・たらーっ(汗)
「“妖怪”の間違いじゃないですか?」
間髪入れずI君が口を挟む。
I君、よく言った!
Tさん、はっしとI君を睨むが、I君、涼しい顔でレジの精算をしている。

「でね、○○さん」
「何じゃ?」
「前のブログで○○さん、私がオーソドックスなものしか作らないって書いてたでしょ?」
「ああ、はいはい」
「だからね、今日はあれも作ろう、これも作ろうって考えてたんですよ。だけど今日は注文の品ばっかりでしたよね」
「だね」
「だから一寸物足りなかったんですよね」
成る程。
では、次回の帰国(7月)ではお任せをすることに致そうか。・・・・・・だが、Tさんは『按針』に助っ人に行っていたのではなかったか?それではお任せもへったくれも無いような気がするが・・・・・・。

「ところでさぁ」
「はい」
「Tさん、時々私のコト“お客さん扱い”してないときあるだろ?」
「そんなこと無いですよぉ。ちゃんと“お客さん扱い”してるじゃないですか!」
「嘘付け」
では、以前の体当たりやド突きの類は何だと言うのだ、と少々絡みモードに入ろうかという折、ふとTさんが横を向いた。嬉しそうに表情が緩んだところを見ると、どうやら何かを見つけたらしい。
「あー!I君の方が○○さんを“お客さん扱い”してませんよ!」
ほれほれと私を促す。
釣られてひょいとI君の方を見る。
するとI君、土産に持ってきた「スティックケーキ」を、一応は身を屈めてはいるもののしっかりと口に運んでいる。
あのね・・・・・・私はそれ程喜んで貰えて嬉しいのだから、高がそれ如きで鬼の首を取った様な顔をするのではない。お姉さんなのだから。
ふとI君を見ると、今度は半ば開き直ったように堂々ともう1本の「スティックケーキ」を口にしている。
I君、余程空腹だったのだな・・・・・・。ならば、次回は矢張り食いでのありそうな「東京ばな奈」と「黒べエ」を両方共に土産にせねばならぬであろうな。

ぐっとグラスを空けた。
「お作りしましょうか?」
「お願いします」
Tさん、慣れた手つきで「XYZ」を調える。
が、そろそろ深酒の所為か副作用の吐き気が込み上げてくる。
実は、Tさんには薬の説明書を見せて“病気”を知らせていた。
現在の症状は軽いものであるが、ふとした折に妙なコトを仕出かさぬとも限らぬと医師に忠告されている。不本意ながら、その折のストッパー役を暗に『ジャックポット』のTさんと『グランキャフェ』のMさんに頼むことになりそうである。・・・・・・それはさておき。
ひと口、ふた口と飲み進む。舌に当たる風味は柔らかく心地良い。が、そろそろ胃が悲鳴を上げている。
「・・・・・・ごめん。今日は飲めそうに無いワ」
と、断腸の思いで半ば飲み進んだグラスを押しやる。
Tさん、何も言わずスッとグラスを引く。

荷物を片づけ、身支度をして『ジャックポット』を出る。
今日もまたTさんが見送ってくれた。
途中、『パロット』の前に差し掛かったとき
「ここ、未だやってるかなぁ・・・・・・。先刻「また来る」って言ったんだけど」
「もう閉まってるんじゃないですか?」
「そうかねぇ」
2人、『パロット』の扉の前に立ち、中の様子を伺う。
どうも静まり返っているようである。
Tさん、そっとドアを押し開ける。
すると、既に店仕舞いをして着替えを済ませたYさんが居た。
「どうもぉ〜」
と、声を掛け、2人して手を振ってドアを閉め、その場を離れる。
『アムステルフェーン』の入口に立ち、
「じゃ、お休みなさい」
「はい、またね」
とは、いつもの挨拶。
火照った頬を海風が心地良く撫でていった。

此度の『Amstelveen Story』は、土産に持っていった「スティックケーキ」と『按針』に応援に行っていたT姐さんが取り持つ“『アムステルフェーン』1階の夜”であった。
流石に彼の如く1階の店舗を全て回ったのは今回が初めてであった。が、それでも何とか回りきり、食事をしたり酒を飲んだりとその店なりに楽しんできた。

思えば、ここ『アムステルフェーン』にて此れ程迄にしっかりと楽しむようになったのは、『カフェ・デ・ハーフェン』リニューアルオープン後の7月のこと。それを思うと、既に2年近くこちらで楽しませて貰っているものである。
始めは、旧知のT姐さんがこちらに来たということであった為、それならばと足を運んでみたものであった。が、回を重ねる毎にT姐さんが居らぬでも其処に居るスタッフと楽しめるようになって来た。
私は店に付くタイプの客であるが、それを考えると、今や『アムステルフェーン』全体をひとつの店として居付いてしまっていると申し上げても過言ではなかろう。

ホテルズのバーは確かに素晴しい。
痒いところに手が届くが如くのサーヴィスは正に一級品である。
が、それ故に“ホテルクオリティ”に当て嵌まらぬ様な気楽さとは無縁であり、今の私には少々窮屈でならぬ部分が、実はある。
それ故に私は『アムステルフェーン』に通うのであろうなぁ・・・・・・未熟者の戯言以外の何物でも無いのであるが。
posted by daydreamer at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | Amstelveen Story | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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