2008年06月01日

ゆかりの味(其の弐)

故池波正太郎氏が通った店として名高い末広町の『花ぶさ』。
私がしばしば行く神田とは割合に近い(それはそうであろう。こちらの所在地は“外神田”である)のであるが、なかなか足を運ぶ機会が無く、今迄「本の中の店」の域を出なかったのである。

20歳代の頃は、自分が場違いであるようで行くことが適わなかった。
30歳代も半ばを過ぎた今ならば、店も迎え入れてくれよう。
そう思い、此度意を決して暖簾をくぐったものである。

『花ぶさ』外観

故池波氏の通った店は、いずれも“名店臭”とは無縁の、ごくごくありふれた店構えだったり柔らかく気さくな雰囲気だったりする。
こちらの店もそうであった。こちらが身構えて行ったことが気恥ずかしくなる程の、小体な小料理屋であった。

店内に入ると、どうやら2階の個室では宴が催されているらしい雰囲気であった。1階のカウンターには女性の先客が一人切り。
「いらっしゃいませ」
という声に応え
「ひとりなんですが・・・・・・」
と告げると、カウンターの端の席へと案内してくれた。席に着き、出されたメニューを見る。

こちらのメニューで、健啖家であった池波氏が食して本で紹介しているメニューは「花ぶさ膳」や「千代田膳」といった箱膳料理(松花堂弁当風、と申し上げた方が通りが良いであろうか?)であるが、今の私ではとてもとても・・・・・・。
それよりも、「ランチセット」として、6種類のメイン料理から1品を選び、それに御飯や汁や小鉢などがセットになっているものがある。これならば、此処迄出て来るだけで疲れ切ってしまう私でも食すことが出来るであろうと思い、こちらを注文した。メイン料理は「めじまぐろのお造り」「車海老と鱧(はも)の天ぷら」「具だくさんかき揚げ」「お造り三点盛り」「時鮭バター焼き」「鯛のあらだき」の6品の中から「車海老と鱧の天ぷら」を選択した。

「小鉢」は水菜のお浸し、「香物」は胡瓜・大根・赤蕪先にスッと出されたのは、ご覧の「小鉢」と「香の物」である。いずれもほんのひと口ばかりではあるが、清々しい見た目が食欲をそそる。
「小鉢」は「水菜のお浸し」である。
出汁を効かせた漬け汁は薄味で、水菜の爽やかな風味を少しも損なって居らぬ。シャッキリとした歯触りも無論健在である。行儀の悪さは承知の上で、小鉢に口を付けて汁までもを飲み干してしまったものである。
「香の物」は「胡瓜の浅漬け・赤蕪漬け・無着色の沢庵漬け」の3品である。
この中では何よりも沢庵漬けの厭味ではないほんのりとした甘みが心地良かった。旬を迎えようとする胡瓜も美味く、これはドンと小丼で盛られていても食してしまうであろうな・・・・・・と思ったものである。

久し振りの揚げたて天ぷら・・・・・・「水菜のお浸し」を食している間、目の前の鍋で天ぷらが揚げられているのを見ていた。カウンターで天ぷらを揚げる風景を見るのはハウステンボスの『真藍』の“お座敷天ぷら”以来である。ジュワァーッと良い音をさせながら揚げられた天ぷらが目の前で油から掬われるのを見る。それを見、音を聞きながら今更ながらに酒を注文しなかったのを悔いたものである。

一旦奥に運ばれた天ぷらが皿に盛られて出てくる。
先ずは手前の「鱧」を食す。骨切りをきっちりされたであろう鱧は、非常に柔らかく優しく口の中で蕩けてしまうような食感であった。これは塩を付けて食したが、衣にわずかに残る油と塩が溶け合ってえも言われぬ風味を醸し出す。
次は「しし唐」と「南瓜」。いずれも私の好物である。しし唐の独特の風味も、南瓜の蕩ける甘さも、油を通すと皿に膨らむ。美味い。
2本ある「車海老」のうちの1本を食した。小さいながらも旨味がギュッと詰まっており、プツンと噛み切ると口に甘く美味い汁がじわりと滲み出る。プリプリの食感を楽しみ、その後でカリカリの香ばしい尻尾を味わう。
「薩摩芋」が海老の下に敷かれていた。あまり厚切りではないが、それでもホクホクと甘い美味さを楽しめるだけの厚みはある。比べるのも失礼ながら、紙よりもまだ薄く衣しか味うことが出来ぬどこぞの“テーマパーク”の天ぷら(断じて『河童』や『真藍』では無い)の天ぷらとは大違いである。
最後にもう1本残った「車海老」を食した。これを食べているとき、薄味ながらも生姜の味が良く利いていた「新生姜御飯」があまりの美味さに進んでしまって些か心細くなっていた。すると、カウンターから
「御飯お付け出来ますよ」
と、声を掛けて頂いた。そこで安心して御飯を食し、茶碗を空にしてふと顔を上げるとホールの女性が心得顔でお盆を持って近付いてきた。そのタイミングは絶妙のものである。
「軽めにお願いします」
とお願いし、サッと出されたお代わりを手に持って安心して天ぷらと御飯に取り掛かったものである。
最後にナメコと浅葱が入った「赤出汁」をぐいっと飲み干して口中を潤し、御飯の最後のひと口を食してこの食事を締めた。

器が意外なひと口「甘味」「甘味お持ちして宜しいですか」
の声に頷き、「白玉ぜんざい」を持ってきて貰う。食事処らしいと言えるのか・・・・・・私はこのような形で食後の甘味を出されたのを初めて見た。
「白玉ぜんざい」は、酒の後でもすんなりと入るような、甘みを抑えて豆の味を生かした美味いものであった。白玉は、この大きさ故に1個しか入っては居らぬが、食事の後に甘味で落ち着く程度であるのだからこれ位が妥当であろう。白玉を掬い、豆を掬い、最後に残った汁は飲み物の如く器に口を付けてグッと飲み干す。
水菓子の爽やかさで口を清めるのも良いが、このような甘味で腹と心を落ち着かせるのも良いとしみじみと思ったものであった。

これだけ堪能しながらも、勘定は¥1,000。確かにメニューには書いてあったものの、食し終わると今更ながらに安さに驚いたものである。
これは、これからも季節を変えて様々なメニューを味わってみねばならぬであろうな。その折には、是非酒を酌んだときの美味さも試してみると致そう。
posted by daydreamer at 12:04| Comment(3) | TrackBack(0) | 東京散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初めまして
ランチ1000円と言う安さと池波正太郎氏が贔屓にした店だけで客は有り難がる。
私も、その一人で夜に訪問。
おまかせコースを嘱す事にした。「千代田善」は仲間と来た時の楽しみにしたかった。
座ったカウンター越しに鱧の骨切り。料理の下ごしらえが見られるのは嬉しい。
次に出されるのは鱧だと思いワクワクして待つ。
が…一向に鱧が出される気配がない。他の客なのかと見るが他の客のでもない。
目の前で鱧の骨切りは続いてる。
帰るまで鱧は出て来なかった。
それは翌日のランチの下ごしらえだった。
客の目の前で夜7時頃に鱧の骨切りを済ませ冷蔵庫であくる日の昼まで寝かせて置くような店には二度と行きたく無いと思った。
旨い不味いの問題ではないからだ。
Posted by トントン at 2009年01月11日 09:35
初めまして。

それはまた・・・・・・エライところに行き合わせましたね。さぞや落胆もなさったことでしょう。
尤も、鱧の如き脂の多い魚は捌いてすぐよりもちょいと寝かせた方が美味いのは自明の理ではありますが・・・・・・。

目の前の料理しか見ない私ですからこういったことは思った例がありませんが、こういったことを気にする方、気にしない方があるのは当然のことだと思います。
こちらのお店、残念ながらトントンさんには会わなかったようですね。
私は私でこの先も訪問して食事を頂いてみようかと思っています。
Posted by daydreamer at 2009年01月27日 23:41
主観的なコメントに答えて頂きありがとうございます。
鱧を捌いて骨切りしてるなら良いですが、今は河岸の魚屋で捌いてくるんです。(フグも刺身用、チリ用に)
鱧と鱧の間に薄い竹の皮がしかれ鱧のミルフイルになっていたのでね(笑)
時代が変わり便利になり板前も楽になったんですね。
まあ!私が見栄を張って10000円のコースを注文したからかも知れません。
割烹と名のつく店では目の前の客の料理を造る方が見た目綺麗ですからね。
私は池波正太郎さんが召し上がった料理人の料理を食べ、仕事ぶりも知ってるからかも知れません。
Posted by トントン at 2009年01月28日 01:37
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