2008年10月22日

うたの宴

本日は、以前に予約をしていた「さだのうた」(さだまさしトリビュート)と「情継」(さだまさしによる美空ひばりのトリビュート)の2枚のアルバムの発売日である。・・・・・・とは言うものの、私は昨日銀座の『山野楽器』でフライングゲットしてきたのであるが。それもひとえに店頭で行われているというグッズの抽選会の故である。

先ずは、アルバムの話など。

「さだのうた」は、月並みではあるが林英哲氏の「修二会」とTHE ALFEEの「まほろば」が特に気に入った。
林英哲氏の「修二会」はインストゥルメンタルであるが、尺八でなぞるヴォーカルの旋律と和太鼓の勇壮なリズムが溶け合い、実に聴かせるモノになっていた。出来得ることであればこの演奏にさだまさし氏のヴォーカルが合わさったとしたら、私はこれこそ幾月もに渡ってこればかりをリピートして聴くに違いない。
THE ALFEEの「まほろば」は、聞けば確かに「まほろば」であるもののイントロダクションなどは完全に別物の“アルフィーの世界”であった。が、さだまさし氏もそうとは認識されてはおらぬが割合にロック調の歌を作ったり歌ったりしているので、それ程に違和感は感じなかった。それよりも、あまりにも歌い慣れてこなれた様な高見沢俊彦氏のヴォーカルの方に驚かされ、それに聴き入っていた様な気がするのである。

実は、この「さだのうた」の外装には一寸した仕掛けがあり、さだまさし氏のトリビュートしたアーティスト諸氏へのメッセージを見ることが出来る。この遊び心はさだまさし氏ならではであろう。

「情景」は、実に聴き応えのあるものであった。
ライナーノーツに書かれていたことであるが、故美空ひばり女史は譜面通りに歌う歌手であったとか。私も全ての美空ひばり女史の歌を知っている訳では無いので確かなコトは言えぬが、数少ない知っている歌をさだまさし氏が歌っているのを聴いたとき、何の衒いも無く真っ直ぐに歌う歌に美空ひばり女史の歌を聴く心地がした。
しかし、顧みれば美空ひばり女史はその圧倒的な存在感がテレビの画面を通じても感じられたものである。今でも記憶しているのは、島倉千代子女史が美空ひばり女史と共演した折にしきりと
「ひばり先輩、ひばり先輩」
と連呼して、隣に立つ美空ひばり女史が苦笑しつつも温かく見守りつつ言葉をかけていた場面である。また、その後の歌では知らぬ歌でありながら(「悲しい酒」辺りを歌っていたか?)思わず聴き入ってしまった自分に驚いたものである。
その存在感と歌を此処まで表現したさだまさし氏も見事と言う他は無い。『山野楽器』でも、入口を入ってすぐのところにコーナーを作り、さだまさし氏のレコーディングや打ち合わせの風景と同日に発売となった福山雅治氏のプロモーションビデオが隣同士で流れていたのであるが、辺りを憚って此度は福山雅治氏のプロモーションビデオを見る振りをしようかと思ってはみたもののついつい目はさだまさし氏のレコーディング風景に釘付けになっていたものであった。
そう言えば、彼の「紅白歌合戦」にさだまさし氏が初出場した際、「関白宣言」があまりにも長いので何処でカットしようかと話をしていたときにたまたま歌を聴いた美空ひばり女史が
「この歌は通しで聴かなければ意味が無い」
と言うような語意の言葉をかけ、その為にフルコーラスで「関白宣言」を歌うことを得たと聞いたことがある。また、「日本レコード大賞」の「美空ひばりメモリアル奨賞」が新設された際の第一回の受賞者はさだまさし氏であった様に記憶している。そう考えれば、まんざら縁の無いことではなかろう・・・・・・と思う。

余談ではあるが、この「情継」はユニバーサルミュージックの製作・発売である。が、さだまさし氏はユーキャンの所属歌手である。
その為、通常では見ないことではあるが、メインの歌手に対して
「さだまさし by the courtesy of U-CAN,Inc.」
という献辞が付けられている。バックミュージシャン等のサブとして参加したアーティストに対してはしばしば見掛けはするのであるが、真逆にメインのアーティストにこの献辞が付けられるとは思ってもみなかった。

そして、肝心の“グッズ抽選会”である。
私は2枚のアルバムを購入した為、2度の抽選をする権利を得た。2度抽選をしたところ、2度とも末等のポスターを引いた。
1枚はありがたく部屋に貼ることにしたものの、同じポスターを2枚貰っても仕方が無い。どなたか貰ってくださる方はおられぬものであろうか?
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2008年06月16日

さだまさし 35周年記念コンサート(其の弐)

今回のコンサートに付いては、同じ思いを観客に味わって欲しくは無いという思いから、望ましくないのを知りつつ文章に起こした。コンサートがどのように流れ、いずれの方向へ向かって行ったかをご覧頂きたいが為に。
しかし、コメントを頂いた「さだファン」様より、それが私の思い上がりであるとようやく気づいた。頂いた指摘を受け止め、この(其の弐)ではコンサートの印象を書くという形式に変更することにした。それ故に、こちらで以前に書いた文章は消した。いずれ(其の壱)で大幅に改定をしたコンサートのレポートをアップすることになると思う。

此度の文章がインターネットにアップされたことにより、関係者の方々とコンサートを楽しみにしておられるファンの方々には大変なご迷惑をお掛けいたしました。この場を借りて深くお詫び申し上げます。






それでは、本文をご覧頂こう
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2008年02月19日

檸檬

さだまさし氏の歌に「檸檬」というものがある。・・・・・・ちなみにこの字は「レモン」と読むのでお間違い無き様。

「檸檬」は、青春のひとコマを東京は御茶ノ水駅近辺の光景をモチーフにしている歌である。歌詞の中で、檸檬が実に効果的に使われているのは彼の堀辰雄氏の「檸檬」とも匹敵するであろう。実際、檸檬をモチーフに、というのは堀辰雄氏の「檸檬」をモデルにしたと聞いたことが有る様な無い様な。

湯島聖堂の白い石の階段?

随分引き伸ばしている故に画像が鮮明では無いが、これが歌詞の
あの日湯島聖堂の白い
石の階段に腰掛けて

と歌われている「白い石の階段」ではないかと思われるものである。
この日、散々神田界隈を歩き回った私であるので、こちらに着いたときには既に拝観時刻を過ぎており、近くで写真を撮ることが出来なかった。こちらの画像はようやくに望むことが出来た『湯島聖堂』の境内を望遠で撮影したものである。
この石段で“君”は「陽だまりの中で盗んだ檸檬を細い手で翳し」たのであろう。そして、それを「しばらく見つめた後で綺麗ねと言った後で齧っ」たものと思われる。

檸檬を放ったであろう光景

そして
食べかけの檸檬 聖橋から放る
快速電車の赤い色がそれとすれ違う

のが、恐らくこの光景だったのであろう。以前は赤い色(と言うよりもオレンジに近いような気もするが)1色であった中央線の快速電車は、今はご覧の通り赤い色のラインが入ったものに変わっているのであるが。

実は、この場所は十数年前に“地獄の東京半周ツアー”と仲間内で題している東京巡りの発端になった場所である。
さだまさし氏のファンばかりが数名集まり、さだ氏の歌縁の場所や東京の名所を巡る、というのがその内容であるのだが、

原宿のさだまさし氏のショップ(現在はもう無い)で初売り

湯島聖堂〜湯島天神へ初詣

東京タワーの展望台まで階段で昇る、東京タワー見物の後食事

日の出桟橋より浅草迄水上バス

浅草より池袋へ、『東急ハンズ』で買い物

上野駅でひと足早く帰る方を見送り

有楽町で食事

東京駅で帰る方々を見送り、解散

・・・・・・いやはや、今や絶対と言って良い程取ることは無いであろう行程である。
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2008年01月08日

「そっちかよ!」とは言ふ勿れ

まだまだ遠いと思っていたハウステンボスへの帰国の日が、あっという間に今週末にと迫っていた。
ここのところ、塞ぎがちであった私である。
以前であれば帰宅の日から次の帰国を待ち侘び、2週間も前からいそいそと荷造りに手を染め、いよいよ帰国が迫った今位の時期には最早心はハウステンボスに飛んでいたものである。が、最近は、我が身の普段では有り得ぬ状態をくよくよと思い悩み、予想される我が身の失態(決してコケたり眠ったりという今迄にした失態では無い)を思い浮かべては気が沈み、このまま帰国を続けても良いものだろうかと自問自答する始末。

ところが、現在の私をして、気が浮き立って帰国の日を待ち侘びる情報が届いた。
それがこちらである。

続きは興味のある方のみ・・・・・・
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2007年07月16日

“広島”が飛んでいく・・・・・・(T_T)

この為に、4月から予定を調べ、調整できるものは調整し、考え得るだけのあらゆる手を打ち、準備万端で臨んだ「筈」であった。
何かと言うと、『夏 広島から2007』への参加である。

これは、さだまさし氏が
「これをやらないと俺の行は終わらない」
と、昨年の『夏 長崎からFinal』にて発表し、今度こそ本当の“最後”になるというイベントなのである。この『夏 長崎から』は、実に20年の長きに渡って続けられたイベントであり(今年も『夏 まだまだ長崎から』として開催はされるようであるがさだ氏自身の出演は無い)、単なるコンサートとは一線を画した祈りと想いを込めたイベントであり、普段には無い“お祭り”的な要素も持っていたものである。

私自身、第8回の参加を皮切りに、実に両手の指の数程の(正確な回数は今もって分からぬが)回数を“長崎”で過ごしたのである。昨年などは研修を放り出して迄も(本当に放り出した訳では無いが・・・・・・)参加をし、ついでにハウステンボスへも顔を出し、という行程の為、実に1週間の長きに渡って長崎県内に滞在したというトンデモナイことをしてしまった程であった。

それ程までに気合を入れて参加していたこのイベントが、夏に入った仕事(これだけが日程が分からずにネックになっていた)の為にキャンセルせざるを得ぬ状態になってしまった。
この『夏 広島から』は、8月9日(長崎原爆忌)の開催である。この為、8月8日の夜行バスで広島入りし、1泊した後8月10日に出発してその日の夜に帰るツアーに申し込んでいた。故に、休みは2日取れば良かった。
しかし、入った仕事は8月10日の8:30〜の開始である。これは、仮に8月9日の夜行で帰る行程に振り替えたとしても(その行程ですら東京に到着するのが9:00である故に)間に合わぬ。
今日、泣く泣くキャンセルの予約を入れたものである。

・・・・・・という訳で、夏のどこかでふらふらと私の思念がハウステンボスを彷徨うことがあるやも知れぬ。そして、何処かでクダを巻いてしまうことがあるやも知れぬ。
此度ばかりは、何を言いだすか定かではない傷心の状態であることに違いは無いのだから。
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2007年05月15日

落選、されど・・・・・・

「8月9日の“長崎原爆忌”に広島でコンサートをやる。これをやらなければ俺の行は終わらない」
というさだまさし氏の『夏 長崎から2006』のステージ上での言葉で実現の運びとなった『夏 広島から2007』。
20年もの長きに渡り開催されてきた『夏 長崎から』が昨年8月6日をもって終了したこともあり、当初から観客の多さは予想されていた。

そして、今年に入ってからその詳細が発表された。
開催場所は、『広島市民球場』。
今までの『稲佐山野外ステージ』と違って席が既にある場所である。
その為か、今回ばかりはチケット(参加券:無料)が抽選になる旨が伝えられた。
私は、こういった抽選にはとことん縁が無い。
その為、無論抽選は申し込んだが、万が一に備えて“保険”を掛けておいたのである。

一昨日、結果発表のメールが届いた。
無論、「落選」との知らせであった。
が、これにより“保険”が思っていた以上の効力を発揮したのである。

さて、“保険”とは如何なるものであったか?
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2007年03月03日

風待ち

本来であれば少々カテゴリから外れるのでは・・・・・・とも思ったが、さだまさし氏の妹さんである佐田玲子さんの話である。
ご了承願いたい。

此度、私は携帯の機種変更をした。
今までは「パケット定額コース」を使えぬ機種にしていたのであるが、携帯からのブログ投稿にまで手を染めた今となっては、パケット代が多いにかかるであろう故に、字はそれほど大きく出来ぬが諦めて「パケット定額コース」を使える機種にしたのだ。
そこで、今まではダウンロードが叶わなかった「着うたフル」を幾つかダウンロードした。その中に入っているのが、表題の「風待ち」である。

佐田玲子さんには、幾つか長崎弁を用いた歌がある。
・・・・・・と言っても、昨年リリースされたさだまさし氏の「がんばらんば」のようなフルバージョンでは無い。流石にそれでは(九州以外の方々に)理解が出来ぬとの思いがあったのであろう、“長崎弁テイスト”という程の、標準語と半々くらいの使い方である。

この歌が、また、素晴しく良い。
温かいメロディーも心を打つし、ヴォーカルも優しい。
特筆すべきは歌詞である。

あんたはどこまでも高い空を
目指して飛んでゆけ
帰りたくても帰れんような
そんな大げさな街じゃないでしょう

この言葉を聞いたとき、涙が溢れそうになった。
私は、熊本出身の両親を持ち、4歳まで熊本の人たちの中で育った。言葉は流石に長い関東での生活で訛りが出ることこそ無くなった(と思う)が、それ故に地元の人間と見て貰えず、根無し草のような思いがしていたものである。

その為か、訝しな話であるが、今では「ハウステンボス」を故郷の代わりに見ている節がある。帰るべき家がホテルの部屋で、帰るべき場所がバーであると言うのも妙なのであるが。

・・・・・・そうそう、ハウステンボスで思い出した。
以前、さだ氏の『夏 長崎から』とのからみで帰国した折、実家に電話を入れるのをすっかり忘れており、慌てて帰宅の日に電話を入れたところ
「何で電話せんの!」
「便りの無いのは良か便り!」
「阿呆!!むかっ(怒り)
と、母に怒られたときがあった。
このときの私の台詞
「便りの無いのは良か便り」
も、この歌に歌詞として使われているのである。・・・・・・無論、意味合いは全く違うが。

私が音楽をよく聴くのは
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2007年02月01日

『夏・○○から』

2月が遣って来た。
いつもの年ならば、そろそろ夏のメインイベント『夏・長崎から』に思いを馳せる頃である。・・・・・・「早過ぎる」とは言う無かれ。ホテルの予約は6ヶ月前から受け付けているところも多い故、そろそろ情報を収集してホテルの目星を付けておかぬと宿が取れぬ場合もあるのだ(現に昨年がそうであった)。
此れ迄は、毎年長崎で開催されていた為、自ずと“常宿”も出来ていたので夏の予定が確定する4月下旬には予約を全て済ませておき(但し予約の確定は出来ぬので、支払いは予約が確定する7月上旬になることが多かった)、現地にてのプランはそれからゆっくり考える(のであるが結局行き当たりばったりの行程になる)、というのが今までのパターンであった。
それでも、行けば愛するハウステンボスと抱き合わせたり、さだまさし氏の縁の地(『諏訪神社』『自由飛行館』『江山楼』等)や市内の観光スポットを回ったりとそれなりに楽しんでいた為、長崎県内に滞在するのは5日程にも及んだことも度々であった。

今年は、このイベントは『夏・広島から』になる。これが正真正銘のラストである(と言われている)。それ故に、昨年の“長崎”同様に宿の確保も難しかろう。予定が確定せぬ今から予約を入れることが出来ぬのが難点であるが、そろそろ宿の方も目星を付けぬとどうにもならぬ。
聞けば、各航空会社の割引運賃も徐々に予約開始期日が早くなっているとのこと。今迄であれば割引運賃の予約開始日は2ヶ月前であったのだが、私が贔屓にしている航空会社のHPを見ると4ヶ月先の6月の割引運賃までが予約可能になっている。
・・・・・・ということは、8月の航空運賃の予約は4月から予約が出来るようになるであろう。これを逃すと、2倍以上の正規運賃を払わねばならぬ。宿のこともあるので、情報収集を始めねばならぬであろう。

今年も宅間久善氏のサンバホイッスルと共に始まる「長崎小夜曲」を聴くことが出来るよう、夏の予定を待ち望みながら広島のホテルのガイドブックを開き始めている。

これよりは『ハーフェン』での馬鹿話である。
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2007年01月29日

ストロベリー・マルガリータ

ハウステンボスでは、2/10〜4/8までの間「スリーベリーフェア」を開催する。これは、この時期旬のベリー類3種(ストロベリー・ブルーベリー・ラズベリー)をふんだんに使ったスウィーツやドリンクの特別メニューをを場内の飲食店やショップにて振舞うというもの。
一昨年は『パティスリー』の「スリーベリータルト」を食した。
昨年は『グランキャフェ』の「グレイシー」(カクテル)と『ラフレシール』の「イチゴ風味のチーズケーキ」を貰った。
今年は・・・・・・矢張り『グランキャフェ』の「ストロベリーニ」(カクテル)2種を味わってみようか・・・・・・と考えたとき、ふっと頭に浮かんだものがあった。
それが、表題の「ストロベリー・マルガリータ」である。

これは、さだまさし氏が1987年にリリースした「夢回帰線」というアルバムの中の「6ヶ月の遅刻〜マリナ・デル・レイ〜」という曲の中に登場するカクテルである。
さだ氏の歌の中では“らしからぬ”イージーリスニング風の曲調の歌で、
「別れた彼女と6ヶ月ぶりに再会する。君をいつも待たせていた僕は、君に再び巡り合うのに6ヶ月も遅刻をしたね・・・・・・」
という内容で、原型は「アドヴァンテージ」というアルバムの中の「渚にて」という曲のライナー・ノーツ(さだ氏はアルバムの曲にひとつずつ小文を添える。これをライナー・ノーツと呼んでいるが、これに慣れると普通のアルバムの“歌詞カードだけ”が妙に物足りなく思えるのである)である。
この曲の歌詞の中で、“待たせてばかりいた別れた彼女”が好きだったドリンクがこの「ストロベリー・マルガリータ」なのである。

“ストロベリー”の付かぬ通常の「マルガリータ」も、逸話としてはセンチメンタルなストーリーを持つ。
このカクテルを考案したバーテンダーが未だ若い頃、メキシコ人の恋人と一緒にハンティングに行ったのであるが、彼女は流れ弾に当たって亡くなってしまったのだそうである。後年、カクテルコンクールに出場した彼は、亡くなった恋人を偲び、メキシコの酒テキーラを用いたカクテルを作って恋人の名を冠した、というのがそのストーリーである。
恋人の為のカクテル・・・・・・そう考えると、亜種である「ストロベリー・マルガリータ」も別れた恋人を想って歌った(という想定の)この歌に相応しいものであると思えるから不思議なものだ。

丁度スリーベリーの時期に帰国をするので次回の帰国で一度は飲んでみたいと思うのであるが、よくよくアルバムのライナー・ノーツに記載されているレシピを見ると、どうやらこのカクテルはフローズン・カクテルであるらしいので、未だ幾分寒さが残るスリーベリーの時期には少々寒いかと思いつつ、それでも酒を飲んでいるうちには寒さなど感じぬであろう故、『ヴィノテーク』で聞いてみようか『カフェ・デ・ハーフェン』で我儘を言おうかと思案し始めている今日この頃である。
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2006年11月15日

サイボーグ・サイボーグ

こんな出だしで始まる歌がある。
タイトルは、記事タイトルと同じ「サイボーグ・サイボーグ」。
ジュラルミンのスーツで身を固め
同じリズムに足並み揃え
ラッシュ・アワーもリゾート・ホテルも
同じ歩巾で歩く サイボーグ サイボーグ・・・・・・

(さだまさし『自分症候群』より)

記載の通り、この歌はさだまさし氏の歌である。
が、当然ご存じない方も多かろう。この歌は、アルバムの中の1曲でシングルカットすらされてはいないのだから。

“リゾート”たるハウステンボスをイメージしていたら、ふとこの歌が頭の中に浮かんだ。
理由は、至って簡単。そして、単純。
歌詞中に“リゾート”の語が出てきたからである。

ここで我が身を振り返ってみた。
私は、“ラッシュ・アワー”と“リゾート・ホテル”を歩くとき、同じ歩幅で歩いているだろうか?
・・・・・・否。
普段のラッシュの電車に乗るとき、私は、痛む足を引き摺りながら走る。階段を駆け下り、そのまま乗り換えの電車に飛び乗る。
ハウステンボスを歩くとき、私の歩調はゆったりとなる。目は何も見ておらず、ただ静けさの音を聞くばかり。夜は更に何も見ず、目に映るのは様々な酒の色とそれに映える光の色。人の顔すら見ないことも多く、翌日声を掛けられて驚くこともひとしきり。

だが、今の子ども達はどうなのだろうか?
私達も、所謂“管理教育”の中で育った。が、一度学校を出ればトンボやカブトムシと戯れ、木に登って遠くの景色を眺めることもあった。が、報道などで目にする子ども達は、ゲームの画面と戯れ、塾の行き帰りで闇とネオンを見るばかり。・・・・・・これでは息つく暇も無く、人の心を慰めたり育てたりする余裕も無かろう。

右向け右 左向け左
けして僕等だけが悪いのではなくって
勿論誰かが悪い訳でもなくって
一所懸命生きているのにね サイボーグ サイボーグ

それだけに、哀しい。
それだけが、切ない。
それが子どもの全てでは無いと思いたいけれど・・・・・・。
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2006年11月07日

どうにも我慢が出来なくなり・・・・・・

ハウステンボスへの帰国を控えている。しかも2度も。
これで、相当な出費となるのは目に見えている。

が、どうにも我慢が出来なくなり、敬愛するさだまさし氏の「美しき日本の面影」ツアーのチケットを取った。
いつもならば私は東京厚生年金会館(新宿)でのコンサートに行くのであるが、今回は、ハウステンボス帰国のことを考えているうちに出足が鈍り、チケット販売サイトを見たときには既に東京厚生年金会館でのコンサート(12月4日(月)・5日(火)の2日間)は満席になってしまったので、12月1日(金)のNHKホール(渋谷)のチケットをやっとの思いで手に入れた。

そういう訳で、当然の如く良席は取れず3階席になってしまったのであるが、この際それは言うまい。・・・・・・というよりも、私は、通常のコンサートツアーでの席はいつもいつもチケット争奪戦に出遅れることもあり、2階席や3階席は当たり前なのである。その代わりといっては何だが、20周年コンサート・30周年コンサート・3333回コンサートは全て通し券の良席(3333回コンサートなどアリーナ席が取れた)であるので、充分にバランスは取れていると思う。

11月の帰国と12月の帰国の狭間(12月の帰国の1週間前である)のこのコンサート、あちこちのブログで見た限りでは“通”好みのコンサートであるのだそうな。ますます、楽しみな限りである。
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2006年10月16日

教えてください

・・・・・・何故この言葉を聞いてこれを思い出すのだろう・・・・・・

大概の場合、
「教えてください」
という言葉を聞いたならば、何か判らないことでもあるのか?と思うことであろう。・・・・・・が、私は、最近この言葉を聞くと
♪この世に生きとし生けるものの・・・・・・
というフレーズが浮かんでしまうのである。

というのも、先日見た「さんまのまんまSP」が尾を引いているのであろう。
そこで、高見沢(王子)がいきなり歌いだした、あの歌声が頭について離れないのである。

兎にも角にも、この番組は爆笑の渦に巻き込まれてしまったものである。
それも、本来ならば“ミュージシャン”である筈のTHE ALFEEとさだまさし氏がお笑い芸人に見えて仕方がなかったのであった。
さだまさし氏が、笑いを取れる体質であるのは重々知っていた。
が、まさかあの高見沢氏がこれほど天然であったとは知らなかった。いきなり酢橘を剥いて食してしまうし、その挙句にさだ氏のことを
「すださん」
と呼んでしまうし・・・・・・。
(しかし、ネタで「島は買いました」とやっていた、と坂崎氏にバラされたときの高見沢氏の顔といったら・・・・・・。そして、桜井氏にトークの度に突っ込まれている様子といったら・・・・・・)

流石にミュージシャンが集まっただけあって、様々な歌を披露してくれたのは嬉しかった。THE ALFEEの「メリーアン」や「星空のディスタンス」は懐かしくも血が沸き立ったし、さだ氏の「雨やどり」「秋桜」「北の国から」などの様々な歌は(ブツブツ切れながらのワンフレーズ毎ではあったが)滅多に聴けぬ歌まで聴けて得をした思いがしたものである。
が、この番組のホストは明石家さんま氏である。そのため、大好きな歌のひとつである「檸檬」が
「暗い!」
のひとことでブツッと切られてしまったのが返す返すも残念である。また、さだ氏本人も自身のの曲を
「暗いよねぇ」
と・・・・・・。(何も“暗い歌”ばかりではないのだからこういうことを自分で言うのはどうかと思うが・・・・・・)

今は、暇さえあるとこの番組のこのコーナーばかり見ている。
そして、思いっきり笑うのをストレス解消の手段にしているのである。
何せハウステンボス帰国まではまだまだ日にちがあるのだから、あの場所で癒されるのは先のことであるし・・・・・・。
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2006年10月10日

最後の客

今さらながら、さだまさし氏のエッセイ集『いつも君の味方』(講談社)の文庫版を購入した。既にハードカバーで読んでいた本ではあったが、改めて読んでみると“挽歌”的な話の数々に、思わず胸が締め付けられ、涙が滲む思いがしたものである。

その中の一篇に「最後の客」というものがある。これは、さだ氏が嘗て贔屓にしており、今は廃業してしまった大阪のホテル『ホテルプラザ』の最後の営業日に宿泊した際のことが綴られたものである。
この話を初めて読んだときは、他の話に埋もれてそれほど印象に残る話では無かったように思う。が、改めて読んでみると、今だ存続しているとは言え、集客に苦戦しているハウステンボスがダブって仕方が無い思いがしたものである。

この中に、次のような一節がある。
「小出君、明日の晩までいるけど、食事の手はずは全部まかせていい?」
(中略)
「まさしさん、すいません。それがその・・・・・・」
「あ、わかった。どこも一杯なんだ」
「そうなんです。最後となると・・・・・・。とにかくこの一週間なにしろどこも満席満席で」
「皮肉なモンだよね。世の中ってそういうものなんだよ。元気なときには安心して見向きもしないくせに、なくなる、とわかった途端に群がってきて“残念だ、惜しかった”って口を揃えるんだよ」

これを読んだ瞬間ドキッとした。
確かに、私や似非ライターがインターネットに首を突っ込んだのはパソコンを初めて購入して半月経ったか経たないかというタイミングで、インターネットに繋ぐことが出来てから一週間も経たないうち、ではある。が、世間様では“ハウステンボス破綻”としてあちこちを賑せていた頃であることも事実である。そんな頃にのこのこと顔を出して、あろうことか下手な文章をこのように記載するなど、“「残念だ、惜しかった」と群がる”群衆となんらの違いがあろうか?

そして、胸を締め付けられたのは、ホテルのメインバー『マルコ・ポーロ』の最後の夜、
「(前略)本日お代は頂戴いたしません」
期せずしてどよめきのような驚きの声があがる。
「そこで、お客様に一つだけ、お願いがございます。いつもみなさまに可愛がっていただきました従業員達が、今夜だけ・・・・・・最後の晩だけは、およろしければみなさまと同じ客席に座って一緒にお酒を酌み交わさせていただくことをお許しいただけませんでしょうか」
ワーッと大拍手がわき起こる。
「ありがとうございます。どうか馴染みの従業員達に最後にひとこと皆様方の温かいお言葉をかけてあげてくださいませ。これからの人生の励みになると思います」

という箇所、それからその翌日のティー・ラウンジでのこと、
「まさしさん・・・・・・これ、ホテルプラザの淹れた最後のコーヒーです・・・・・・」
そう言ったきり後は言葉にならない。とうとう彼女は声を上げて泣き出してしまった。

という箇所である。
考えたくは無いが、もしも、我等が愛するハウステンボスがこのようなことになったら、顔見知りのあの人が、この人が同じ台詞を口にせざるを得ないことになったら・・・・・・。
何故か、こんなことが頭を離れなかった。そうは決してなることはあるまい、と思いつつも、あの人たちの顔が頭の中を回っていた。
そのとき、私はどんな顔をして、あの人たちと向かい合っているのであろうか?
この話を読んでいると、どうしてもそんな事ばかりを考えてしまった。払っても払っても払いきれぬ。今、何故にそのようなことを考えるのか?新施設『Kirara』も好調で夏の集客は前年度よりもアップしているというのに。
それとも、心の奥底に残っている不安がこの話を読んで爆発したのであろうか?

ハウステンボスは、絶対にこんなことにしちゃあならねぇよ。
最後に思ったのは、この言葉ただひとつだけであった。
その為にも(微力すぎるコトは百も承知であるが)出来得る限り足を運ばなければ、と思う。・・・・・・それが今年の“年間12泊”の言い訳であることもまた承知の上で。
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2006年05月01日

さだまさし 長崎コンサートツアー

20年前、さだまさし氏の肝煎りで始まったコンサートイベント『夏 長崎から』。

通算20回目を迎える今年がファイナルとなる。

無論私もこの度だけは何もかも放っぽり出して参加するつもりである。
(「さだまさし」と「ハウステンボス」を天秤にかけると「さだまさし」を選ぶ私である故に当然予想される答えであろう)
で、何のかのと言いつつも既に飛行機と宿の手配は済ませた。(が、いつものホテルは少々出遅れて取れなかった。その為、慌てて『楽○トラベル』でホテルを手配した)後はハウステンボスの場内ホテルを予約するのみ、である。・・・・・・と、ここまでは「相も変らず、懲りもせず・・・・・・」の記事に書いたとおりである。

ところで、この『夏 長崎から』には、恒例の旅行ツアーである『さだまさし 長崎コンサートツアー』がある。以前は近○○本ツーリストで案内していたようだが、しばらく前からJ○Lセールスに替わったらしい。そのツアーのチラシがさだまさしファンクラブ会報『まさしんぐWORLD』に同封されてきた。
チラシを見て、驚くやら納得するやら感心するやらの出来事があった。

ぴかぴか(新しい)ハウステンボスぴかぴか(新しい)がツアーの1コースとして入っているのだ。

尤も、このツアーでは、ハウステンボス泊は1日だけ(宿泊先は日航ホテル)で、しかも1日目が14:00ごろの到着、2日目も恐らく午前中のみ(運が良ければ昼食まで)の滞在であるので、ハウステンボスでのんびりゆったりしたい私などでは消化不良を起こして暴れるに違いない。が、九州の観光地を満喫して尚且つコンサートに参加したいと言う方には便利であろう。
このツアーは、「ハウステンボスコース」の他にも「黒川温泉コース」「伊王島コース」「長崎市内コース」「九州縦断3泊4日コース」がある。興味がおありの方は、上記リンクにて5月10日(水)から申し込みが出来る(それまではサイトが見当たらないとの表示がされるのでご注意召され)ので参照されたい。尚、出発地は「羽田空港」「伊丹空港」「中部空港」の3箇所である。
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2005年11月13日

ばってん

さだまさしさんのau版ケータイファンサイトが、先日オープンした。
(詳細については別ブログの「さだまさし抄」に記事を書いているのでここでは略す。)


ここのコンテンツに「プレミア着ボイス」というのがあり、この中にさださんが長崎弁で喋っている言葉がある。
ひとつは「時間がきたから早く起きなさい。」
もうひとつは「電話だよ。早く出てくれなきゃ困るんだけど。」
の長崎弁バージョンである。
(まだお聞きになっておられない方の楽しみを奪ってしまうのも申し訳ないので、ここでは標準語(のつもり)に置き換えた。)


ここで、私は少々違和感を覚える言葉があった。
(ご存知の方もおられようが、私の両親は熊本県の出身である。
そして、私が5歳になるまで、周りにお住まいの方はみな同郷の方であった。・・・・・・というのも、両親が就職していた会社の支社(当時)がこちらにあり、とある事情で「集団転勤」となったため、社宅であった当時の住まいはすべてこのとき転勤してきた方々がお住まいであったのだ。・・・・・・と、閑話休題。)
幼い頃から熊本は葦北地方の方言に親しんできた私であるが、
(こういう言い方をしたかなぁ・・・・・・?)
と考えてしまう言い回しがあるのだ。


それは、
「困るんだけど。」
の長崎弁バージョンとして語られた
「困るとばってん。」
という言い方である。
両親に聞かせてみると、確かにこういう言い方はしないと言う。
「困っとやが。」(「と」はほとんど「ど」に近い言い方)
である、と言う。


九州の言葉は、地域ごとに細部は違うとは言え、結構似通っている部分がある。
(・・・・・・とは言っても歴史的な背景があるので鹿児島と沖縄は他の地域とは随分違う。私はおろか、両親ですら解らないことがあると言う。)
だから話の内容は、幼い頃から熊本弁(正確には少々異なるのだが)を聞いてきた私であるから(喋ることは出来ないが)、勿論理解することが出来る。
・・・・・・その所為であろう、言い回しの少々の違いに違和感を持つ、などということは・・・・・・


母に言わせると「長崎ばってん」と言って、長崎やそこに近い地域では「ばってん」を使う頻度が他の地域よりも高いのだそうだが、いかがなものであろうか?
もし宜しければ、その辺りをどなたかにご教授戴きたいものだ。

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2005年09月12日

さだまさし3333回コンサートin武道館(7)

吉田さんが退場してからも当然さださんのコンサートは続いた。「October」「晩鐘」「秋桜」と続いたところでトーク。それによると、何でも最近は「秋桜」をさださんが作ったことをご存じない方が大勢おられるようで、


「さださんって秋桜好きなんですかァ?」


と聞かれる始末、なのだそうだ。(当然客席からは爆笑と失笑が混じった笑いがあちこちで起こった。)


「時代の流れなんでしょうかねェ・・・・・・」


と、しみじみとつぶやいた後「みんなで歌うコーナー」と題して「北の国から」。このとき、スクリーンでは全員が合唱する大阪と名古屋の様子が大きく映し出されていた。それから、ニューアルバムの中から「冬物語」、さらに「人生の贈り物」(コンサートのときは、大抵ハングル語のパートも一部歌うようである。このときもそうだった。)と続いてからいよいよ大締めに入った。


まず、ギター一本で歌う、最初とは違うバージョンの「天然色の化石」。続いて「防人の詩」。最後に「遥かなるクリスマス」を歌ったとき、シャボン玉がたくさん出てきた。雪とは少々趣が異なるものの、手に受けた瞬間にパチンと弾けて儚く消える様は雪にもなぞらえられるものではなかったかと思う。ここで一旦幕が下りた。(・・・・・・とは行っても、武道館には緞帳は無いので本物の幕が下りた訳では無い。)


もちろんコレでコンサートが終わった訳では無いのは、みなさんのご想像の通りである。アンコールでまず歌ったのは「風に立つライオン」。これを歌い上げた後に一旦ステージから下がり、再び登場したときには今回の記念Tシャツ(白)を着て腰にトレーナー(?)を巻いていた。そのトレーナーをグルグルと回して客席に放り投げると、アリーナの中央でモノスゴイ争奪戦が起こっている様子が見えた。(同じアリーナだったとは言え端に近い私の席ではこういうことは無いので高みの見物、としゃれ込んだ・・・・・・つもりではあるが、やはり羨ましかった。)で、肝心の曲は「まほろば」。その後もう一度さださんが引っ込むと、


「東京ガンバらんかい!


というな圧力を首筋に受けながら(無論気のせいだとは承知しているが・・・・・・)アンコールの拍手をしていると、三度さださんが登場し、「落日」を最後の曲として演奏した。・・・・・・そして


「♪幸せになろう いつか必ず・・・・・・」


という客席の合唱の中で静かにさださんは立ち去り、今回の「3333回コンサート」は幕を下ろした。(本文終わり)

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posted by daydreamer at 19:11| Comment(3) | TrackBack(0) | さだまさし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

さだまさし3333回コンサートin武道館(6)

『軽井沢音楽祭』の話が終わったところで、前日同様にグレープの相棒、吉田正美さんが登場し、「マチャミ〜」という黄色い声があちこちからかかっていた。で、まず1曲目・・・・・・と、さださんがイントロの演奏を始めたのだが、何と前日のグレープのオープニングの「紫陽花の詩」のイントロ。


「まさし・・・・・・アガってるの?


と嬉しそうに言う吉田さん。さださんは後ろを向いて俯き、完全に落ち込んでいる様子。(どこかで書いた「人を呪わば穴2つ」はコレだったのだ。見ろ、昨日さんざん茶化したから今日は仇をとられたじゃないか・・・・・・。)気を取り直して「縁切寺」「無縁坂」と演奏し、


「昨日は自信が無かったからやらなかったけど・・・・・・」


「蝉時雨」「19才」を演奏した。(私のお隣の方々は、このとき嬉しそうな歓声を上げ、椅子の上で飛び跳ねるようにして拍手をしておられた。)・・・・・・が、実は「蝉時雨」の演奏前に「歌あるよ。」と言われた吉田さんは曲の確認をステージ上で始めてしまい、誰に何を話しかけられても一切答えず、歓声も耳に入らぬ様子。


「ご覧ください。自分の世界に入っております。」


などとかつての相棒があーだこーだとトークで繋ぎ・・・・・・。(グレープって、こんな風だったのかしらん?)その後、話は前のアルバムの『恋文』に及び、その中から「黄昏坂」を演奏してグレープのコーナーが終了した。吉田さんは(やれやれ、終わった・・・・・・)とばかりにぐったりして歩きかけたが、ステージを半分ほど歩いたところで再び走って立ち去った。このとき観客が笑ったの笑わないのって・・・・・・。(本文続く)

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さだまさし3333回コンサートin武道館(5)

さて、明けて9月7日。この日もまた仕事を定時に切り上げて武道館へと向かった。地下鉄の九段下駅から走るようにして会場に入り、勝手知ったる自席へと真っ直ぐに進んだ。


席に着き、しばらくすると前日同様「BACK STAGE」の映像が流れた。この日は、さださんがこちらにどんどん歩いてくるような感じで映り、ニコニコと(と言うよりもニヤニヤと)笑いながら歩くうち、本来の位置よりもずっと前に進んでしまったようで慌てて戻って位置に着き、気合ポーズを決めた後で逆立ち(この日の逆立ちはキレイに決まっていた。前日は何とか足を上げただけ、と言うような感じだったので。)をしてステージに向かった。まずミュージシャンの方々がステージに向かい、さださんがちょっとその場で待機する、という手順は前日の通りだったが、この日はカメラに向かって笑うシーンが多く、前日よりも柔らかい表情だったように思った。


やがてさださんがステージに向かい、前日にもあった映像でのカウントダウンが始まった。100020003000はスムーズに流れ、31003200・・・・・・と数が進むうちに客席にも緊張ムードが漂ってきた。3300からは一つずつ数が止まりながらカウントされていったので次第次第に客席は拍手でカウントに合わせていた。33313332のところは特に数字の進み方が遅くなり、33323333では一度数字が戻ってしまって(ここで笑いが起こった)、その後「CAUTION!」というようなサイレン音が流れながら3333になり、ひときわ大きな拍手に迎えられてさださんがステージ上に登場し、勇壮なオープニングの「修二会」が始まった。続いて「夢しだれ」「飛梅」と続いた後


「いらっしゃい!


とのさださんの挨拶に、会場はひときわ沸き立った。


次に「惜春」「桐の花」「つゆのあとさき」と続いた後、トーク(カステラの話)が始まった。


「北原白秋の詩にもありますが、カステラの旬は梅雨時です。夏にカステラを食べると、時間を置くとパサパサになって倒れてしまうのですが、梅雨時はパサパサになることなくしっとりとしています。どうぞ次の梅雨時にお試しください。(笑)」


という、何ともさださんらしいトーク。(長崎の知り合いに聞くと、長崎では、長崎のカステラを評価しておられる方はそれほどいらっしゃらない様子なのだ。長崎カステラは本当に美味しいし、甘いものがそれほどお好きでない方もお茶うけに出すと喜んで食べているほどなのに・・・・・・「MOTTAINAI」な、と思ったことも実はある。(爆) )


それから「軽井沢音楽祭」の話が始まり、故山本直純先生の言葉を受けて「親父の一番長い日」が出来た、との話が出ると、会場から大きな拍手が沸き起こった。


「予定外の曲なんだけどなァ・・・・・・


と言いながら(もしかしたら予定調和だったのかもしれないが)「親父の一番長い日」を演奏。曲が終わったあとの拍手はひときわ大きく、なかなか鳴り止まなかった。(本文続く)

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posted by daydreamer at 17:24| Comment(0) | TrackBack(0) | さだまさし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月11日

さだまさし3333回コンサートin武道館(4)

3333回コンサート第1部のアンコールは、前回の記事でも書いたように2回。通常のコンサート並であった。会場を出て(このときの混雑振りは激しく、改めて大掛かりなコンサートであったことを実感させられたように思った。)出口付近を見ると、花がたくさん飾られていたのを見た。・・・・・・そう言えば、さださんはこの花を見て


「あんまり花が多いんで、俺、死んじゃったのかと思った。


と冗談を飛ばしていたほどであった。(カメラを持参しなかったのでどのような感じ、とお目にかけることが出来ないのが残念である。)花の贈り主は、各テレビ局やラジオ局、レコード会社にプロモーターなどが多かったが、ひときわ異彩を放つように中心に配置されていた花には《松坂慶子》と記されていた。この花の前では写真を撮る方が多かったこと・・・・・・。


それにしても、この日一日だけでももの凄いコンサート(としか形容できない)だったのではないかと思う。オープニングでは観客もイキナリ総立ちになるし、さださんも「Final Count Down」を歌う際にマイクスタンドを持ってステージの端から端まで駆けずり回るし、私は直接知らないので何とも言えないのだが往年のファン垂涎のグレープのコーナーまであるとくれば・・・・・・。そう言えば、グレープのコーナーでは3曲目でリクエストを募るようにしながら(まぁ、「殺風景」と言われるのを待っていたような感じだったので、多分予定の曲ではあったのだろう。)進めていたのだが、私の周りでは「糸電話」と叫ぶ声がかなりあった。が、ステージ上では聞き取れなかったのか「糸電話」のリクエストがあったことを伝えることはなかった。・・・・・・尤も、「糸電話」(by『あの頃について』)は吉田さんの歌のパートがかなりあるので、さださんが承知をしても吉田さんが断固拒否する可能性もあるのだが。


その吉田さんについては、さださんは


「もうじき定年です。


と、ステージ上で幾度も繰り返していた。もしかして、前回は“企画モノ”であった「レーズン」を本格的に始動するつもりでもあるのだろうか・・・・・・?(本文続く)

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2005年09月09日

さだまさし3333回コンサートin武道館(3)

さて、前回はゲストとの歌の感想を中心に書いてきたが、もちろん、さださんの真骨頂はソロでの歌であることはみなさんご存知の通りである。


「今年の夏はひたすらスタジオにこもって、何の思い出も作らずにいました。何のためかと言うと、どうしても発売日を9月7日にしたかったんです。(客席から拍手が沸く)・・・・・・いやいや、拍手はいりません。買って。(爆笑)」というトークのあった(何ちゅう紹介だ・・・・・・)ニューアルバム『とこしへ』からは、既にご紹介した「さよならさくら」、タイトルソングの「とこしへ」、そして「MOTTAINAI」の3曲が披露された。それぞれの歌にまつわるトークもあり(「MOTTAINAI」のトークのときなどうんうんと頷きながら聞いている方もだいぶあったし)、また、大変に聞き応えのある曲であったと思う。・・・・・・私の好みからすると、この3曲のうち好きになりそうなのは「とこしへ」では?とも思った・・・・・・のは、また別の話で。


それよりも、今回のコンサートは熱唱型の歌が多かったように思う。玲子さんとのデュエットの後に歌った「道化師のソネット」「セロ弾きのゴーシュ」では、イントロのときから《思わず》と言った感じの拍手が上がっていたし、エンディングにチョイスした「奇跡」「青の季節」のときはなんとも言い尽くせぬ静かな雰囲気が漂っていたように思う。


そして・・・・・・アンコールは2回。一回目は「たいせつなひと」。ギター一本で歌い上げ、歌い終わると「あなたを愛したいくつかの理由」の後で玲子さんに手渡されたバラ一輪を観客席に放り投げ、退場した。それでも鳴り止まぬ拍手に背を押されるようにして出てきたさださんが最後に歌った「主人公」。ラストソングとしてよく歌われる歌であるが、そして、そのためか何度も何度も聴いてきた歌であるが、それでも思わず目頭が熱くなったのは私だけではなかったと思う。(本文続く)

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posted by daydreamer at 20:43| Comment(5) | TrackBack(1) | さだまさし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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