2008年05月10日

本日は雨天なり(其の陸)

080510_1855~01.JPG画像がかなり暗いがご容赦あれ。

これは、こちらで頂いたつまみのフリットである。
ハウステンボスで頂いた如くの薄付きのコロモが嬉しい。

花ズッキーニには、モッツアレラチーズとアンチョビが練り合わせて詰められており、微かな塩気が飲んでいたグラッパによく合う。
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2007年08月28日

だし巻きの原点

・・・・・・すっかり書くのを忘れていた。
食い道楽にあるまじき失態である。

今回、久し振りに記事をチェックしていた。
すると、あろうことか“食”に関する記事を書き忘れていたのを見つけた。
京都の『志る幸』と長崎の『史跡料亭 花月』の記事である。
双方共写真まで撮って備えていたというのに・・・・・・。
遅ればせながら、記事をアップしてみたいと思う。
先ずは、京都の『志る幸』からご覧頂きたい。

『志る幸』の暖簾これが『志る幸』である。
ここは、以前お話をしたかと思うが木屋町通の高瀬川沿いを歩き、行き止まりにも見える場所の路地を入ってすぐのところにある。ここへ行く途中、「高瀬川」の表示を見て何故かハウステンボスを思い出すのであるが、何となくご想像がつく方もお有りではないかと思う。
私は、京都に来るとここ『志る幸』での酒食を欠かさぬ。慣れ親しんだ、誠に落ち着くことが出来る良い店である。

突出(あん肝と菜花の三杯酢)と熱燗先ず、料理の前に一献・・・・・・と、熱燗を頼む。私の好みを心得た女将が熱々の熱燗を運んでくる。半分くらい飲み干すと、突き出しがそっと運ばれてきた。
この日の突き出しは「あん肝と菜花」であった。あっさりとした三杯酢が食欲を増し、この日の寒さに冷え切った体に暑い酒がゆっくりと染みてくる。
突き出しを半分ほど食したところで熱燗が無くなった。代わりと料理を頼み、トロリとしたあん肝の食感を楽しむ。

だし巻き卵(半分食してしまっているが)代わりの熱燗を猪口に2杯ほど飲んだところで、先ず頼んだ「だし巻き卵」が来る。
私は、ここでだし巻き卵の美味さを知った。そもそも、これを頼んだのはいつぞやに「若鶏の塩焼き」を頼んだ際、時間が掛かるのでつなぎに・・・・・・と勧められてのことであった。その折、私にだし巻き卵を勧めてくれた仲居はとうに引退したとのこと。時の移ろいを感じたひとときであった。
肝心の「だし巻き卵」は、何時に変わらぬ美味さであった。ほのかな塩気と濃厚なだしの味、それを追いかけて舌に広がる卵のほのかな甘みが調和する。
お蔭でカメラを取り出すのを忘れ、美味い美味いと食し、気が付いたら半分が既に無くなっていたものであった。

精進焚き次は、「精進焚き」を頼んだ。これは、京野菜とこんにゃくなどの煮物である。
肉も魚も一切使わぬが、野菜の旨味と甘みが大変に美味く、これもまた、良い。特に京人参の甘さとポクポク感が好きである。これは、最早ここ数年の定番の注文となったものである。

たい水菜「だし巻き卵」「精進焚き」と共に定番である「たい水菜」である。鯛の薄切りと水菜をたっぷりのだしで煮たものであるが、軟らかさが残る程度に煮てある鯛とシャキシャキの水菜が良いものである。
これは、具もさることながら、だしが、また、良い。鯛と水菜のエキスを含んで、最初のだし以上の旨味が染みている。これだけを口にしても、酒が進むものである。

くじら酢味噌和えかぶら蒸しこのときは、季節の料理も注文をした。それが、こちらの「くじら酢味噌和え」と「かぶら蒸し」である。
「くじら酢味噌和え」は、酢味噌の加減が殊に良いものであった。ピリッとした酢味噌と和えたもっちりしたくじらが舌の上で踊るかの如くであった。
「かぶら蒸し」は、摩り下ろした甘い蕪が、中に入った百合根と白身の魚(これも恐らく鯛であろう)をさっぱりと食べさせてくれた。ほっくりした魚とホクホクの百合根が甘くサッパリとした蕪に絡み、熱々の状態で舌に美味さを残す。それを、熱燗で清め、また魚と百合根と蕪と・・・・・・堪えられぬ至福のときである。

かやくごはん&白味噌椀(おとしいも)&おしんこ最後に、食事として「かやくごはん」「おとし芋の白味噌椀」「お新香盛り合わせ」を貰う。これもまた、私の“留めの定番”(但し汁は様々であるが)である。
「かやくごはん」は、関東のそれとは違い、薄味で炊き込んである。それだけに、具の野菜の味がひとつひとつ感じられるのが誠に良い。
「おとし芋の白味噌椀」は、摩り下ろした大和芋を白味噌椀に落とし、刻んだ白胡麻をあしらっている。トロンとした芋と甘めの白味噌が調和してなんとも言えぬ味わいを醸し出す。酔っていてもするすると腹中に納まってしまう。
「お新香盛り合わせ」には、時期であることとて酸茎に千枚漬、それと柴漬である。酸茎は好物だが、そればかりでは飽きてしまうので、このような盛り合わせは誠に良いものである。

画像を見ていて思い出した
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2007年02月19日

ふくろう

前記事とは“ふくろう”繋がり、ということでこちらをご覧頂こう。

祇園に『舞扇堂』という扇子の店がある。
ここは、舞妓さんや芸妓さんの舞扇子を作ったり、紳士用・婦人用の紙扇子・布扇子を作ったり、時には檜扇迄もを作ったり、さらには扇子の絵付け体験が出来たり・・・・・・という、扇子と和風雑貨の店である。この店の商品は見ているだけでも楽しいのでよく行くし、昨年は(未だ形にはなっておらぬが)和風ファンタジーの話を作るネタにと白扇を購入したりもしたものである。

今年もまたご多分に漏れず、この店に足を運んだ。
すると、店内のほぼ中央に机が設えられ、そこで扇面絵師の大成睦穂氏が扇子の絵付けの実演をしていた。そのときに描いていた絵を見て、私は一目惚れをしてしまった。
手書扇子の「ふくろう」・・・・・・というのも、描いていた絵柄は「知恵の神様」とも言われ、数々の当て字から縁起物と呼ばれる「ふくろう」であったのである。風にそよぐ竹に止まり、背にはぼんやりと三日月を背負った、ふくろうの図柄。
この絵柄には珍しく婦人ものの扇子に絵付けをしてあり、しかもこれまた婦人ものには珍しく(そして私の好みである)緑系の背景色の扇子であった。
私がじっと見入っていたとき、大成氏は竹の葉を書いておられた。絵の具を溶いて筆にのせ、色を合わせ、無造作にも見える仕草ですいすいと描いておられるのに、描かれた竹の葉はまるで今にも風にそよぐかのように見えた。見ているうちに、思わず見本として展示されている扇子を手に取り
「これ、買えますか?」
と、傍にいた店員を捕まえていた。
それがこれである。

『舞扇堂』手書き扇子

実は、2/10(土)〜2/13(火)の4日間限定(しかも13:00〜16:00の時間限定)で絵付けの実演を見られるようになっており、購入者には名入れのサービスがあるということになっていたのだそうである。が、それを知らぬ私は目を白黒。
「どういう風にしましょう?」
と、扇面絵師自身に問われた私は内心冷や汗を書きつつ口ごもりながら
「ええと・・・・・・あんまり目立たない方が・・・・・・」
「そうですね。小さい方が可愛らしいですよね」
と、扇子の端の方に(と希望したのであるが)名前を入れてくれた。
その間にさっさと会計を済ませ、手元をじっと見やる私。

出来上がった扇子は、さも始めからこのようなデザインにしていたかのような自然な図柄になっていた。ぼんやりと見入る私は
「ではお包みしましょうね」
と店員に声を掛けられなければ何時までもそこに佇んでいたことであろう。
店を出るとき、扇面絵師の大成氏は
「大事にしてくださいね」
と堪らない良い笑顔で私に声を掛けた。
「勿論!」
と、私も笑顔で声を返していた。
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2007年02月17日

好事福盧 再び

昨年も確かこれについての記事を書いたが、再び投稿をさせて頂く。

冬にしか購入が出来ぬ菓子がある。その舌触りと言い、喉越しと言い、清冽な香りと言い、上品な甘さと言い・・・・・・甘いものが嫌いな筈の私の心をすら捉えて離さぬのである。
菓子の名を、「好事福盧(こうじぶくろ)」と言う。

『村上開新堂』外観これを販売しているのは、『村上開新堂』という老舗の洋菓子屋である。洋菓子屋と言っても、ケーキなどは置いておらぬ。この「好事福盧」(夏は「オレンジゼリー」が出るのだそうな)と「ロシアケーキ」というバターの香り高く添えられたジャムも非常に美味なクッキー状の焼き菓子のみである。それだけに、既に「看板メニュー」となっているこれらの菓子についての店側の自負がありありと見えてくる。また、これらの菓子は、何れもその自負に負けぬ程に美味いのである。

店外ディスプレイそうは言っても、ガイドブックなどに取り上げられる「名物メニュー」は何と言っても「好事福盧」の方である。これは、前日までの予約製造であるので、あらかじめ予約を取らぬと購入することすら出来ぬ。事実、私がこれを購入していた折、若い女性の2人組が購入の可否を店頭で問うて断られているのを見た(予約客の私の手前もあったのやも知れぬが)。行き当たりばったりが大好きな私も、これだけは宿と共に予約を忘れぬ。
今まで寡聞にして気付かなかったが、店外にもこのようにディスプレイされているのは、やはり「好事福盧」なのである。この風流な展示の仕方に京都の洗練された和の趣を感じたものである。

好事福盧(パッケージ付)好事福盧(内容)これが実際の「好事福盧」である。本物の紀州みかんを刳り貫き、絞った果汁に砂糖とリキュールとゼラチンを合わせてむっちりとした食感に仕上げてある。みかんの味が濃厚に残り、甘過ぎずサッパリとした味わいで、後味にはみかんの爽やかさだけが口いっぱいに残るのである。
何でも、みかんが手に入る時期にしか作らぬ故、冬季限定の販売になるのであるとか。拘りここに極まれり、であるが、このように美味いものを提供する為であるのならば、未来永劫存分に拘って欲しいものである。
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2007年02月15日

七草粥

私が2月11日(祝)を目途に京都行きを敢行するのは、偏にこの「七草粥のお振る舞い」が有るが故に尽きる。この時期に連休が重ならなければ、忙しい2月中の旅行など思いも寄らぬ。冬の旅行はするにはするが、せいぜい年末の押し詰まる前になること必至である。
(“冬の楽しみ”は他にもあるのである。それ故に“冬の京都”へ行くこと自体は恐らく止めることは無かろう)

閑話休題。

この「お振る舞い」は、伏見にある『城南宮』というところで行われている。
ここは、元は『城南離宮』と言い、その昔白川上皇(「梁塵秘抄」で有名な法皇様である。“遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ”というフレーズをご覧頂くと成る程と膝を叩く音も聞こえてくるような・・・・・・)が隠遁なされた場所であるのだそうな。有名な行事としては、4月29日(祝)と11月3日(祝)に開催される「曲水の宴」がある。美しい庭園の曲がりくねった運河のほとりに歌人が座って和歌を詠み、運河に流れてくる杯の酒を飲み干すという、古の都人もかくやあらんと思われる誠に高雅な行事である。
そして、私が楽しみにしている「七草粥」は、陰暦正月七日に近いという理由で2月11日(祝)に毎年行われている。流石に連休にならねば京都行きを楽しむことも適わぬ故、週の半ばにこの祝日が来るような年には諦めるのであるが、昨年・今年・そして来年はこの日が連休になるような年周りであるので、万障繰り合わせて訪れているのである。

『城南宮』七草この日には、毎年境内にこのように七草が祭られる。
この七草は、神社で自家栽培をしているものである。この畑の様子はかつて一度だけ見たことがあるが、整然とした畑に植えられた七草は、作物というよりも一種の観賞用の植物に思えたのを覚えている。

『城南宮』斎館こちらは「七草粥」を頂くことが出来る『斎館』である。
この場所は、元はご祈祷に来られたり神事に参加されたりなさった方々のお食事の場であろうと思われる。が、この日ばかりは「七草粥」を求める方々でごった返していた。

七草粥 お粥券これは「七草粥」を頂く為のご喜捨をお納めして頂く「お粥券」である。1膳¥450で、金を支払うと渡される。
厚手の和紙に印刷された券で、恐らく毎年使い回しなのであろうと思われる(昨年も今年もデザイン・大きさ共に全く同じであったのだ。尤も、すぐに回収されてしまうので傷みようも無いのであるが)。
この他に、ここでは2膳分¥1,000で持ち帰り用の七草粥も販売している。これも、見る見る無くなっていく程の人気振りである。無論私は重い荷物になってしまうので購入したことは無いのであるが。

七草粥・ほうじ茶斎館の奥へ行き、カウンターの前で「お粥券」を手渡すと、引き換えに「七草粥」が出てくる。
その横で「ほうじ茶」を配っている。「七草粥」と「ほうじ茶」はセットであるが、1枚の「お粥券」で貰えるのは「七草粥」1杯と「ほうじ茶」1杯である。
この「七草粥」であるが、薄い塩味の白粥に叩いて軟らかくしてから刻んだ七草を散らしてある。中には小さい餅が一切れ入っており、「無病息災」の縁起物になっているのだそうな。

七草盆栽・調理道具出入り口のところに、こちらの「七草」の盆栽状のものと七草を叩く道具が展示してある。この道具、実際に使っている様子を見ることは適わぬが、七草を叩く際に絶えず唱える“囃し言葉”はテープで延々と流れている。
「唐土の鳥が 日本の土地に 渡らぬ先の 七草なずな テッテッテロロロロ テッテッテロロロロ」
というのがその“囃し言葉”である。

これには、矢張り「無病息災」の祈願の意が込められていると言う。
「唐土の鳥」は、外国(昔は外国のことを全て“唐”と呼び習わしていた時代もあった。“唐人”というのは、国籍が何れであるにせよ外国から来た人々を呼ぶための総称であった)から入ってくる災厄を意味する。それが「日本の土地」に渡ってくる前に七草で災厄を払いましょう、というのが“囃し言葉”の意であると聞いた。
・・・・・・そうなると、「鳥インフルエンザ」が流行の兆しを見せた現在に此れを聞くのは相当きつい洒落であると言わざるを得まい。

この楽しみ、とりあえず来年で一旦中断となる。
来年までは2月の京都行きが恒例になるので、次回の為にせいぜい廻りたい処をチェックしてみようかと、毎年京都行きの後に思うのである。・・・・・・そのくせ実際は行き当たりばったりになるので(病気もするし、時間も無いし・・・・・・)計画をこなせたことなど無いのであるが。
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2007年02月14日

高瀬川

高瀬川『高瀬川』という川がある。
今では踝まで浸かるか浸からないかの浅い川であるが(と言っても入れば当然濡れる)、昔はもっと水深が深かったのだそうである。
森鴎外の小説「高瀬舟」で一躍有名になった川であるが、これは元々“京都の動脈”とも言えるように、荷の運搬などに使われていたものであるらしい。
河原町通と先斗町に挟まれる、木屋町通に沿うように流れている小さな川である。

高瀬川 角倉了以顕彰碑高瀬川 沿革「川」と言っても、これは人工のものである。
その昔、京都の豪商であった角倉了以が私財を投じて掘ったものであるそうである。その為か、この「高瀬川」沿いに「角倉了以顕彰碑」(画像左)が、「高瀬川沿革」(画像右)と並んでいる。
ちなみにこれがあるのは、川沿いにある学校施設の入口近辺である。学校施設とは言え、立派な史跡であるので観光客が時折立ち止まっているのが見える。施設側も、一応は進入禁止の如く鎖を張っているのだが、一部を緩めて自由に出入り出来るようにしてあるところを見ると本当に人を拒んでいるという訳でも無いらしい。

高瀬川 佐久間象山・大村益次郎遭難の碑高瀬川 古高俊太郎邸址実を申し上げると、この『高瀬川』沿いには幕末の維新の史跡があちこちにある。私のような歴史好きには血が騒ぐ場所である。

そのうちの一部をご覧頂こう。
左が『佐久間象山・大村益次郎遭難の碑』である。幕末の維新功労者の師であった蘭学者佐久間象山と維新功労者大村益次郎が凶刃に倒れた付近とされる場所に建てられた碑である。
右が『古高俊太郎邸址』の高札である。古高俊太郎というのは、かの有名な池田屋事件(長州系の志士が新撰組に多数討ち取られた事件である。これにより、新撰組の勇名が一躍広まったと言う)を土方歳三により自白させられた長州系志士である。当時は枡屋喜右衛門を名乗り、薪炭商を営んで情報収集や志士の行動の補佐をしていたそうである。
他にも『池田屋事件址』などもある。

実を申せば、『古高俊太郎邸址』は、現在『志る幸』というおばんざいの料理屋になっている。そして、ここ『志る幸』は、私が15年来通い、今やすっかり顔馴染みとなってしまった場所でもある。
縁とは異なもの、味なもの・・・・・・と、誠に思わざるを得ない。不思議なものである。
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2007年02月13日

京都行きを振り返る

ここ数年、『城南宮』での「七草粥のお振る舞い」に日程が合うように京都へ行っている。・・・・・・が、これは来年をもってしばらく休止ということになるであろう。何となれば、再来年以降は「七草粥のお振る舞い」の日である2/11(祝)が週の半ばに来るので、連休にしていくことが出来なくなるであろうと思うが故である。

顧みるに、私の京都行き(関西行き)は、以前はもっと頻繁であった。2月にどうにか折り合いを付け、5月の連休に嬉々として夜行バスに乗り込み、秋の紅葉の時期に人を掻き分けて進み、年末にしみじみと酒を酌み、春はあまりの人出に断念し・・・・・・年に3〜4度程も通ったものである。
今考えると、それも故池波正太郎氏のエッセイに感化されてのことであるということがありありと解る。氏のエッセイには「食」にまつわるものが多々有り、中には『食卓の情景』シリーズとして刊行されているものも有るのである。故に、『志る幸』や『村上開新堂』などの氏のお気に入りのスポットが、今の私の行程に幾つも含まれているのである。

そのうちの『志る幸』は、最初に行ったときに親切にして貰った店員さんは既に居られぬ。女将やその娘さんの言によると、高齢により引退なさった(お辞めになった)とのこと。だから最早お会いすることも適わぬ。
それでも、私は未だに『志る幸』に通う。変わらぬ料理に会いに行く、という側面もあるが、私は基本的に“店に付く”客であるので、いつもの店のいつもの席で寛ぐのが好きな所為もあろう。

全く違う話で申し訳ないが、これは、最近では足がすっかり遠のいた都内の行きつけであったバーにも言えることである。
無論オーナーは変わらず(いや、共同経営であったひとりは既に手を引いているらしいが・・・・・・)店に居るが、バーテンダーは幾人も変わった。その中には、豊富な経験を持ち、様々なカクテルを楽しませてくれた方も居られた。が、その方も
「いつか独立する為にもっとたくさんの経験を積みたい」
とのことで他所に移ってしまった。それを聞いて後も、私はその店に通うことを止めなかった。その店に頻繁に通わなくなったのは、ひとえに足の状態が悪くなったのと仕事の状況が変わって息付く暇が無くなったのとハウステンボスに通い始めて資金に余裕が無くなったことに尽きる。
ハウステンボスの従業員にも、同じことが無いとは言えぬであろう。
いつか自分の店を持ちたいと思うことは、飲食業に従事する方々の決して少なくない人数が持つ希望であるそうである(無論全員では無い)。実際、それに類することを聞いた記憶が無い訳ではない。そうでなくとも、様々な理由から店を去る方々も出ることであろう。
リストラその他の個人の希望ではない理由による従業員の変更は当然のこと望ましいものではない。これは寧ろ避けるようにせねばなるまい。が、何時までも(客の我儘などにより)個人の意思を無視して店に縛り付けるような真似も避けるべきであると思われる。・・・・・・話が随分逸れてしまった。閑話休題。

今でこそ、ハウステンボスに過剰とも思える頻度で帰国し、ハウステンボスに必要以上に肩入れしている状態であるが、私は元々京都の寺を巡り、境内に佇み、史跡の傍で今に残る古人の息吹を感じるのが好きなのである。だからこそ今でも京都に行く機会を作り、古い建物の傍でしばし黙考し・・・・・・唯、物思いにふけるのである。
無論、京都と言えども古き良き場所ばかりではなく、繁華街もあり、いかがわしいと思われる場所も確かにある(『志る幸』など風俗店の間に埋もれているかの如くに見えるときもある)。それでも、すっかり変わり果てて昔日の面影など見るべくも無い東京よりはずっと昔の日本を振り返ることが出来る場所であると思われる。
それ故に私は京都行きを止めることは無いであろう。その為にハウステンボスに帰国する回数が減ることになっても。
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2007年02月12日

とうとう・・・・・・

070212_1801~01.JPG関東に帰って来てしまった・・・・・・。。。(〃_ _)σ‖
明日からまた、いつもの忙しない日々が待っている。
次は3月末頃のハウステンボスへの帰国。それ迄・・・・・・“がんばらんば!”o(^-^)o

尚、画像は、今日の晩飯のお握りを購入した『ほんのり屋』である。此処は、『お米ギャラリー』の直営だけあって、流石にコメが美味い。
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早いもので・・・・・・

070212_1516~01.JPG最早帰路に付く。
帰りは奮発してグリーン車での帰京である。

さて、新幹線に乗り込んだら本格的に眠るとしようか。どうせ終点まで乗るのであるし・・・・・・f^_^;
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鉄鉢料理

070212_1322~01.JPG今日の昼飯は、『大徳寺』の塔頭のひとつである『大慈院』内にある『泉仙』にて「鉄鉢料理」を頂くことにした。

「わらび餅」と「お薄」を先に頂き、前菜は「食前酒(ワイン)」「白酢和え」「蒸し寿司」。次いで「きくらげの煮付け」「蕗の湯葉巻き」「寒天寄せ」「蒲焼豆腐」「生麩の田楽 木の芽味噌」。それから「六条麩と菜の花の酢味噌かけ」「胡麻豆腐」「炊き合わせ」「精進揚げ」「菜の花と油揚げの混ぜご飯」「お新香」で終わった。お代わりのご飯は「白飯」、お茶は「ほうじ茶」であった。
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大徳寺

070212_1149~01.JPG“ババ臭い”というより“ジジむさい”と言われる私の趣味はこちらである。

ここは、『大徳寺』。
画像は、一休宗純禅師が開いたと言われる『真珠庵』である。
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京都国際マンガ博物館

070211_1050~01.JPG昨日撮った写真であるのだが、ご覧頂きたい。
これが『京都国際マンガ博物館』の「ガンダム展」の画像である。

今日も、見ていると客が幾組も館内に吸い込まれて行く。私自身は興味が無いのでこちらを訪れることはせぬが、見る限りではなかなかの人気があるのであろう。

何でも、宿に貼ってあったポスターによると、到着日の10日には富野由悠季氏と杉井ギサブロー氏の対談があったのだそうである。
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き、記憶が・・・・・・(其の弐)

昨日に引き続き、インターネットコーナーでの更新である。

昨夜、予定通り『志る幸』へと行って来た。
此度は流石に2日目、しかもあれやこれやと飲んだくれ、料理を食した後とあって胃が少々疲れていた。その為、好きな料理を幾つか(「出汁巻き卵」「和え物」「若鶏の塩焼き」「湯豆腐」「かやくご飯」「ゆばの白味噌椀」)と酒を3本程に止め、写真などに気を使うことも止め、のんびりと食事を楽しんだものである。
それでもラストオーダーを聞かれたのだから、前日同様に時間だけはしっかりとかけて食事をしていたのであろう。

さて、勘定の際、気になっていたことを女将に質問した。
「あの・・・・・・ワタシ、昨日お支払いしましたっけ?」
「ええ、勿論勿論」
「いやぁ、あのときのこと覚えて無くってですね・・・・・・」
「ああ、たくさん召し上がってはりましたものねぇ」
「まぁ・・・・・・」
「そう言えば、ホテルまで無事にお帰りにならはったんですか?」
「ええ、烏丸御池の『ハートンホテル』ですからね」
「なら良かった。ふらふらでしたから」

・・・・・・この話を総合すると、こうなる。
〔酔っ払った私は、席に戻ると急いで目の前の食事を掻っ込み、意識が朦朧としている中で支払いを済ませた。その後、ふらふらと河原町通りに出てタクシーに乗り込み(河原町通りの路地の付近には大抵客待ちのタクシーが1台や2台は止まっている)、ホテル名を告げてそのまま本格的に眠り込む。タクシーの運転手に到着の旨を告げられて殆ど眠ったまま支払いをし、タクシーを降りてホテルの部屋に戻り、コートを脱いでベッドに放り投げ、そのまま倒れ込んで本格的に眠りこける。気が付いたらベッドの上にいた・・・・・・〕
いやはや、人間の機能というのも馬鹿には出来ぬものである。記憶が無いというのは理性の部分は麻痺しているのであろうに、本能だけでここまでのことをしてしまうとは・・・・・・。

とは言え、記憶が飛ぶのはもう勘弁して欲しいものである。
お陰で1日中はらはらドキドキしながら生活をしていたのであるから。
自分で捲いた種であるのは重々承知しているのだが・・・・・・。
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好事福盧

070212_0313~01.JPG宿に戻り、眠りこけてから目が覚めた。喉の渇きを覚えたのは、酒を飲んで寝たのだから当然のこと。

氷をガリガリ齧りながら、みかんゼリーの「好事福盧」を食した。
嘗て、作家の池波正太郎氏は
「酔いに渇いた口中にゼリーが滑り込んでいく」
際の幸福感をエッセイに書いておられた。僅かばかりであるが、それが解ったような気がした。
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2007年02月11日

由良之助

070211_1322~01.JPG今年も、『由良之助』にやって来た。
外は寒く、冷たい雨迄降っている。その為、冷えた体を暖めようと熱燗を注文した。

昼から酒を楽しみ、張り詰めた気分がほぐれ、力がスッと抜けていくのが判る、この喜び。
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七草粥(2)

070211_1137~01.JPGこれが『城南宮』で頂ける「七草粥」である。
小丼に粥が盛られ、七草が乗せられている。粥の中には小さい餅が一切れ入っている。
出汁と僅かな塩気が効き、誠に美味い。「無病息災」の願いも成就して欲しいものである。

粥を頂いていると、ずっとテープで七草を作っている際の囃し言葉が流れていた。
「唐土の鳥が 日本の土地に 渡らぬ先の 七草なずな テッテッテロロロロ・・・・・・」
というのがその囃し言葉であるのだが、今の時期にこれはシャレにならぬであろう・・・・・・┐('〜`;)┌
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七草粥(1)

070211_1134~01.JPG『城南宮』で「七草粥」のお振る舞いがあり、今年も頂いてきた。

「七草粥」は、一膳¥450。お納めの意を含むし、小丼一杯に盛られるので高いとは全く感じぬ。
画像は、喜捨をお納めした際に渡される「お粥券」である。
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き、記憶が・・・・・・

宿泊しているホテルでインターネットコーナーを見つけた。
この記事は、そちらのパソコンを使用しての投稿である。

昨夜、1年ぶりに『志る幸』へ行き、久々の料理に舌鼓を打ったのは前に投稿した記事の通りである。食したのは「出汁巻き卵」「精進焚き」「たい水菜」「くじら酢味噌和え」「かぶら蒸し」「かやく御飯」「おとし芋の白味噌椀」「おしんこ」である。酒は、熱燗で・・・・・・そう、5本も頂いたであろうか?
流石にちょくちょく通うという訳にも参らぬが、この時期(というよりもこの日近辺)に毎年来る(かれこれ5〜6年は続いている習慣である)とあって、店の方々もすっかり顔馴染みとなっており、いつにも増して客の多い店内に目を白黒させながらも腰を落ち着けて飲み食いに興じていたものである。

それは、手を洗いに立った直後であった。
それまで残業続きの日々を送っており、しかも先週は出張が2度もあり、尚且つ休日出勤の代休が取れなかった所為もあってか・・・・・・自席に腰を下ろしたのは何とか覚えているものの、そこから先の記憶が全く無いのである。おぼろげに覚えているのは車で送って貰った(かの如くの)ときの
「ホテルに着きましたよ」
という言葉だけである。支払いをした記憶も、店を出た記憶も無い。領収書が財布に入っているのでどうやら支払いはしたらしいのだが。

これは、今夜店に行った際にちゃんと詫びの方々何があったかを聞いてみねばなるまい。いやはや、酒食をして記憶が飛ぶなど初めての経験である。
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2007年02月10日

京都の最初の夜

070210_1446~01.JPG14:30頃、京都に到着した。
新幹線を下り、ホテルにチェックインすると、荷物を分けてそのまま『村上開新堂』へ。
「みかんゼリーを」と、予約の品を受け取り、序に「ロシアケーキ」なるクッキーを購入してみた。

その後、宿の近くの『京都マンガ博物館』なるところで「ガンダム展」なるものが開催されているのを見つけ(今時ガンダムで人が集まるのを初めて見た・・・・・・)、それから宿で一休みして『志る幸』へ。
今は、『志る幸』で至福のひとときを過ごしている。

しかしまぁ、よりにもよって・・・・・・
posted by daydreamer at 19:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アイスクリーム

070210_1332~01.JPG車内販売で、ものは試しとアイスクリームを購入してみた。普段滅多にこのようなものは購入しないのであるが、流石に腹が減ったのと、ここで腹を膨らせてしまうと晩の楽しみの『志る幸』に差し支えるであろうとの思惑に板挟みになり・・・・・・。

アイスクリームは、スジャータのものであった。関東者の私は、スジャータのアイスクリームなど初めて知った。
posted by daydreamer at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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