2007年06月04日

長崎へ行ったなら・・・・・・

さて、先日の記事で
「長崎へ観光に行こうか?」
と、書いたのをご覧頂いた方もあるかと思う。
実は、このときのお目当ては他にもある。

先ずは、さだまさし氏の喫茶店である『自由飛行館』へ行きたい、というのがひとつ。
これは、崇福寺の近くにある喫茶店であるが、以前に一度行ったきりであるのだが割合に(思ったよりも)落ち着ける雰囲気であったのを覚えている。あれほど長崎に通ったにも拘らず、何時の頃からか観光もせずにハウステンボスへ行く習慣が付いてしまい、ついぞ再訪の機会を得なかったのである。故に、此度は是非とも再訪を、と思ったのである。

次に、食事である。
新地中華街の『江山楼』が私のお気に入りであることは以前どこかでお話したと思うが、昨夏の長崎旅行の折にもうひとつ行きたいと思ったレストランがあるのである。
それは、恐らく“観光客”である故に心惹かれたのであろう。
駅ビルの『アミュプラザ長崎』の中に入っているカレー専門店『MILAN』である。

『MILAN』外観これが、『アミュプラザ長崎』のレストラン街にある『MILAN』である。ここは、本場インドカレー(多少のアレンジは加えてあったような気もするが・・・・・・)を食すことが出来るレストランで、特に夏場はスパイスが効いたカレーが胃の腑を刺激し、あの暑さの中でもペロリとランチセット(これが意外に量が多いあせあせ(飛び散る汗))を平らげてしまったのを覚えている。

『MILAN』ランチメニューとは言うものの、さすがに夏の暑さが堪え、肉を食べる気にはならなかったので、ランチセットの「ベジタリアンランチ」の中から注文を探した。
私が、元来好奇心が強いのは既にみなさまご存知であるかと思う。
このメニューの中で、中身の見当が付かないのは「ダルタルカ」のみであった。そこで、この「ダルタルカ」を注文してみたのである。

「ランチセット」のサラダ待つほども無く来たのは「サラダ」であった。これは、何のことは無い、普通の生野菜にフレンチドレッシング(赤)をかけたものであった。が、夏の暑さの中、この新鮮な野菜がするりと胃の中に収まったのは言うまでも無い。

「ダルタルカ」ランチセットその後に来たのが、この「ダルタルカセット」であった。
「ダルタルカ」とは、豆のカレーである。ヒヨコマメやら白・赤のインゲン豆など、様々な種類の豆をふんだんに使ったカレーであるので、私にとってはジャガイモがゴロゴロしているカレーよりも余程食べやすいものであった。
他についてきたのは「サダナン(プレーンのナン)」・「ピラフ」「サモサ」である。
ナンは余計な味が付いておらなんだのでほんのりと効いた甘味までもを感じる美味いものであったが、何せ大きい。これだけでも腹がくちくなるのでは?と思われるほどの大きさである。
ピラフは、矢張りカレーで風味付けをしてあるが、カレー味のご飯料理よりは幾分あっさりしている。が、この中に混ぜられたレーズンが思いの外効いていたのが意外であった。
サモサに至っては・・・・・・これは揚げ物である。皮はサクサクと揚がっており、中身も野菜がメインであったのであるが、流石にこの量の中では多過ぎると感じ、必死になって食したものであった。

それでも、今でも思いを馳せるほどに美味いカレーであったのは確かである。
今度は、それほどに熱さを感じぬ(と思う)6月であるので、同じメニューでももっと味わって食せるのではないかと思う。また、他のカレーもなかなかに捨て難いものである。
是非とも、長崎を訪れた暁には(・・・・・・というよりも長崎に行く気になるかどうかが問題であるのだが・・・・・・)こちらにも行ってみたいものである。
posted by daydreamer at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 長崎散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月13日

天球儀

「地球儀」というのはよく目にする。
実際、私の小さい頃には我が家にもあったものである。
が、「天球儀」というのはあまり目にしない。
今回の長崎旅行で、十何年ぶりか定かではないが「天球儀」を目にする機会を得た。

「天球儀」を見たのは、長崎市内に復元された『出島和蘭商館跡』である。
ここには、様々な展示物がある。
その中でも、見飽きぬのは昔の交易の際の輸出入品を展示したブースである。ここには、輸出品としては様々な焼き物や塗り物などの美術品(当時は少々豪華な日用品、として使用されていたものが大半であるので、恐らく美術品とは思わなんだことであろう。塗り物の蒔絵細工などは実に見事な品であるのだが・・・・・・)、輸入品としてはペルシャ絨毯や当時カピタンたちも使用したであろう品々が所狭しと並んでいる。

『出島』天球儀これが「天球儀」である。空の星を、自分たちから見えるように球体に配し、作ったものである。
これを見ると、やはり“黄道12宮”(所謂“12星座”である)の星座が天球儀の中心に配されていたりして、実に興味深い。その昔は、地球を宇宙の中心として、空が動いていると言う「天動説」が信望されていたのであるが(それ故にガリレオ・ガリレイは宗教裁判などと言うナンセンスな裁判にかけられてしまったのであるが)、その当時に作られたものであるので、これは当時の最先端の科学の粋を結集したものなのであろう。

宇宙は、実に興味深い題材である。
何せ自分の思考の範疇以上に広がる、自分から見れば無限に広がるとも思える空間である。そして、宇宙の全ては未だに明らかになっている訳ではない。それ故に、限りない空想(私の場合妄想、と言った方が正確であろうが)を宇宙に置き、様々な事象に思いを馳せることが出来る。

だから、今夏ハウステンボスにオープンした『Kirara』はぞくぞくするほど楽しかった。
『Kiraraショップ』で購入した『もしも月がなかったら』という本は、既にカバーにしわが付くほど読んでいる。(メラニンという色素が、実は紫外線吸収物質であるということは、この本を読んで初めて知った)
『Kirara』には、今後も大いに楽しませて貰えそうである。(←結局それかよ・・・・・・)
posted by daydreamer at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 長崎散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月18日

あれ?どっかで見たような・・・・・・

8月6日、『夏 長崎から THE FINAL』の当日。
前日に貰っていた整理券(裏技的な状態であるが、実は、前日に並んでいる客を野外ステージ前から追っ払う為に“整理券”が発行されていたのである。これは入場する為の“参加券”とは全く別物である)に指定されていた集合時間は9:00。時間通りに集合し、番号順に列を作ると
「では、13:30迄にこちらにお戻りください」
とのことで、一旦解散となった。私は何とか1000番以内の番号を貰っていた為、最初のグループとして列から解放されたのである。このとき、実に9:10頃。

これほどまでに早く解散になるとは思いも拠らなかったので、有り余る時間を持て余して途方に暮れてしまった。(いつもは11:00頃に解散になるので、昼食を摂って買い物をするのが精一杯なのである)ここで、ふと7月にハウステンボスでお会いしたChさんに頂いた「さるくパスポート」を思い出し、長崎駅周辺から一番近い『出島和蘭商館跡』に行ってみることにした。

『出島和蘭商館跡』は、長崎市が幾年もの年月をかけ、江戸時代当時の建物を復元したものである。2年前の同日に長崎市を訪れた際、タクシーの運転手諸氏が
「今は○○まで復元したんですよ」
と何度も繰り返し聞かせてくれたことを思い出す。
行ってみると、私の大好きな『江東区深川江戸資料館』にも似た雰囲気があり、すっかり気に入ってしまった。その話は長くなるであろう故またの機会にしようかと思うが、今回はそこに展示してあった「あるもの」について触れてみようかと思う。

『出島』デ・リーフデ号模型どうぞこの写真をご覧頂きたい。ハウステンボスに言ったことがある方は
「?」
と思われることもあるのではなかろうか?
実は(というほどではあるまいが)、これは帆船デ・リーフデ号の模型なのである。様々な形態の船の模型が展示してあるブースの一角にこれがあるのを見て、少々驚いてしまった。
が、考えてみれば驚くにはあたるまい。このデ・リーフデ号は長崎に到着したのであってハウステンボスに到着したのではないのだから・・・・・・。
後日、livedoor版のコメントにて私の勘違いに気が付いた。
デ・リーフデ号が漂着(到着)したのは長崎県内ではなく、大分県臼杵市あたり(当時の豊後国)であった。
ならば何故にこちらに・・・・・・?と思ったが、これはオランダと日本のそもそもの関わりが“デ・リーフデ号の漂着”という事柄に基き、オランダと深く繋がりのあった『出島和蘭商館跡』に展示されたものであろう。


ハウステンボス『デ・リーフデ号』ちなみにこれがハウステンボスにある実物大に復元された『デ・リーフデ号』である。これには乗ることは適わぬが、隣にあるアトラクション『大航海体験館』において当時の航海の様子をシュミレーションすることが出来る。映像は2種類あるので、それぞれに楽しむことが出来るのが魅力であろう。興味のある方は是非お越しあれ。

『デ・リーフデ号』エラスムスさて、私が長らく疑問に思っていた船首のフィギュアヘッドと船尾についている「エラスムス像」であるが、これは、出島の『デ・リーフデ号』の説明によると、キリスト教の一派であるプロテスタントの象徴であるらしい。
確かオランダはプロテスタント教徒の国であり、その為にヨーロッパでは唯一日本との交流を許されたと聞く。(カトリック教徒の国々は日本をも植民地化しようと画策しており、それに脅威を抱いた豊臣・徳川政権が、かの国々が拠りどころとしていたキリスト教(カトリック)を弾圧したのだとか。多くの人命を奪ったやり方は褒められたものではないが、現在日本人が日本語を話し、日本の文化を維持出来ているのはこのことに拠るものなのであろう)これで「エラスムス像」に合点がいったものである。

『出島』売店の一角には・・・・・・そうそう、出島の売店の一角で、こんなものを見つけた。
どうも見覚えがあるような気がしてならぬのであるが・・・・・・。

近付いて、よくよく見てみた。
「販売元 チョコレートハウス」
と、書いてある。まさか・・・・・・と思って所在地を確認してみると
「長崎県佐世保市ハウステンボス町〜〜〜」
となっているではないか!
その昔、丸山遊女への贈り物に「チョコラーテ」があったのだそうな。すると、外国人が居住していた出島にチョコレートがあるのは不思議でもなんでもないが、それにしてもこのようなところで“ハウステンボス”の文字を見かけるとは思いも拠らなかった。
これは、取りも直さずハウステンボスの食品類(土産類)のクオリティの高さを示している、というのは穿ち過ぎな考え方であろうか?
posted by daydreamer at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 長崎散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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